空を仰げば − Epilogue −

 

「食べれそう?熱冷ましの薬飲まなきゃいけないから、頑張って食べてね?」

「うん」

 

 トレイに湯気を立てる器を膝に載せて、緋天がシンのベッドに座る。

 素直に頷く彼を見て、先ほど彼が呟いた事を思い出してまた愉快になった。

 

 シンの態度がいつもと違うのは熱のせいだろう、と。はじめはそう思っていたのだが、何か大きな変化が彼の中で起こっていたらしい。もしかしたら今日一日で起こったものではなく、少し前から、多分緋天が雨に襲われた日から、少しずつ動いていたものなのかもしれない。

 そう感じたのは、今の彼と同じように、熱を出した緋天の見舞いに訪れたシンを見ていたから。そうでなければ、きっと、更に驚くはめになっていたのだろう。

 

身を起こした彼の顔を覗き込んで、返事を確認してから緋天が取り上げたのは、スプーンと器。そのまま渡すのかと思えば、緋天はスプーンで中身をすくい上げて、それをシンの口へと持っていった。

「っ緋天!!」

 お決まりのセリフを彼女が言い出す前で良かった。

「そこまでやるな」

 知らず知らず厳しい声を出していた自分に彼女は驚いていて。その隙に、両手のものを取り上げる。押し付けるようにそれをシンに持たせて、膝の上のトレイも同様に。緋天の腰を引き寄せてベッドの上から待避させる為に抱き上げた。

「・・・蒼羽さん?」

 きょとんとした顔を見せた緋天に、シンへ見せ付ける意味も含めて口付ける。軽く触れる程度ではあったが、彼女の頬を染めるには充分で、シンに子供の領分を教えるにも充分だった。

「いくら子供でも、それぐらいは自分で食べれるだろう?」

「あー、うん」

 おそらくシンにも、緋天の行動は戸惑いの対象であったはずだ。ひとり不満げな表情をする緋天を横目に、どこかほっとしたように息を吐いてから、大人しく自力で食べ始めた。

「・・・だって、蒼羽さんもやってたのに・・・」

 頬を膨らました緋天が、シンを見やって呟く。きっと、今までは反発していたばかりの彼が、最近ようやく懐き始めていたのと、今日がそのピークだったから。嬉しかったのだというのは判る。判るけれど、別の男に彼女がものを食べさせる、その行為は許したくない。

緋天を膝に乗せて椅子に座り、その耳元に口をつけた。

「あれはお前が座るのも辛いくらいに弱ってたからだ。それに、緋天とシンは違う」

 子供だけど男だ、と言うのはやめて、とにかくその視線を自分に向けさせた。本当は、昼過ぎまで彼女を腕の中に入れて怠惰に過ごすつもりだったのに。ベリルの電話一本で、シンの看病をする為にそれを拒んだ緋天に怒ることはできなかった。

正直、厄介だと思いはしたが、実際に倒れかけていたシンを見てしまった今では、それも消えていて。

だからこそ、余計に。

緋天の相手は自分だと、それを判るように表に出したい。

 

 柔らかな髪に指を入れて、ようやく安堵を得る。

 視界の端で、そんな自分を見て笑うシンと目が合って。

 何か文句でもあるのか、という視線を送ってやった。

 

END.

 

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