暑い夏は涼しい場所で 7
「あら、まぁ・・・とてもお上手ですね」
「っわ!?・・・あ、あたしですか?」
真剣な顔で土をいじっていた緋天に、アシスタントの女性が声を掛ける。それに驚いて体をびくつかせてから、緋天が顔を上げた。
「ええ。バランスがいいし、形がきれいだわ」
「ふふ。誉められちゃった」
彼女の言葉に頬を染めた緋天が嬉しそうにこちらを向く。その笑顔に手を伸ばしたかったけれど、自分の両手も土まみれで。少しそれを恨めしく思った。
今日はホテルを出て観光地の中心にある、工芸館に来ていた。大きな建物でガラス細工から陶芸、木工など多くの作品の展示販売と、観光客向けの体験工房が楽しめる。そういう話を昨夜ホテルの人間に聞いて、目を輝かせた緋天を連れてきたのが1時間前。
前からやってみたかった、と言ってまっすぐに陶芸のコーナーに向かい、表面的なレクチャーを聞き終えたのが30分程前。
モノは試し、と土に触れて。あっという間に緋天の手元には、形のいいカップが生まれていた。
「蒼羽さんは?」
緋天が自分の手元に目を移す。ただの土のかたまりと、ひも状に伸ばしかけた物体が鎮座している。
「・・・あ、急がなくてもいいですよ?時間制限などはありませんので」
「あたし集中しすぎてた・・・蒼羽さんはゆっくりでいいよー?あ、もう1個作りたいな。できますか?」
気をきかせたスタッフがそう言うのを聞いて、緋天が笑顔を浮かべる。
「ええ。これと同じ土でよろしいですか?」
「はい、お願いします」
本当に真剣な顔で、土をいじる緋天を見ていたら。自分の手を動かすのも忘れて、視線はそこから動かせなかった。彼女は一度集中すると、周りの事は気にならずに、その世界に入ってしまうらしく。自分がじっと見ている事に気付いていなかった。
「あっ!!」
嬉しそうにスタッフが去っていく方を見ていた緋天が、急に声を上げた。にこにこと自分を見る。
「今作ったのはベリルさんのお土産にする!」
「・・・ベリル?」
何故、ここでベリルの名前が出てくるのだ、と。少し不満げな顔を向けた。
「うん!それで、今から蒼羽さんの作る!おそろいの。嫌?」
おそろい、という言葉が少し引っかかったものの、緋天の笑顔に首を振る。自分の為にそうやって何かをしてくれるのは、否定できない。
「うー、すっごいわくわくしてきたー」
「お待たせしました。はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
新しい土を受け取った緋天から、ふいに視線を手元に移して。
緋天が自分のものを作ると言うなら、これはどうすればいいだろうか。
「・・・」
疑問が浮かんだ一瞬後、ある考えが頭をよぎる。
とてもいい事を思いついた気がして、口元が緩んだ。
「4時頃には乾燥しているので、閉館時間の7時までに受け取りにいらして下さい」
「はい。よろしくお願いします」
形作った後の事は工房に任せて、出来上がりまでの時間を他の場所を巡る事にする。足取りの軽い緋天の右手を取って、建物を後にした。
空は晴れて太陽が見えているけれど、空気が爽やかで暑さをあまり感じない。手をつないでも緋天が拒まないので、やはり避暑地に来て正解だったのだろうと思う。
「なんか変な感じー」
つないだ手を少し振ってから、笑顔を見せた緋天がつぶやく。
「あのね、こういう風に外で蒼羽さんと歩くのってあんまりないから。デートっぽくてうれしいな」
外で、と言うのはこちらの世界の事を指しているのと理解して、デート、と言うような事は今までしていなかった事実に思い当たる。普通のアウトサイドがするような事をしていなかった、と言うべきか。緋天がこうやって、外を歩きたかった事に気付かなかった自分に、少し腹が立った。
「・・・緋天が行きたい所ならどこでも連れてく」
「え?急にどうしたの?」
「本当は前からこういう風にしたかったんだろう?他のアウトサイドと同じように」
「う、ん。でも別に切実にそう思ってたわけじゃないよ?蒼羽さんと普通に、遊びたいなーとか思ってたけど。ぼんやり考えてただけだから。その場所がどこでも蒼羽さんがいればいいんだもん」
ふんわりと、柔らかく微笑んで。思わずこの場にいる他の人間から隠してしまいたくなるような、そんな感情を抱かせる。
「・・・蒼羽さんー。人が見てる」
無意識の内に左腕の中に引き寄せた緋天から声が上がる。正直、周りの人間なんてどうでもいいけれど、確かに多くの観光客の注目を集めていた。
「それでなくても蒼羽さん目立つんだからー・・・」
手をつなぎ直して、歩き出しながら緋天が笑った。その言葉の意味が判らず答える。
「目立っている覚えはないな」
「えぇ?自覚なし?もう・・・蒼羽さんはかっこいいから、なんか目立つよ。すれ違って、少しでも蒼羽さん見たらびっくりする」
「何だそれは・・・」
少し周りに目を向けてみると、緋天の言葉通り、通りを歩く人間がちらちらと自分達を見ていた。
自分が長年暮らしている街中ならば、だいたいの人間が職業柄自分の事を知っているので、こんな事もないけれど。
「蒼羽さんが見られて、嬉しいのと独り占めしたいのと微妙な感じ」
「その言葉そのまま返す」
「何で???」
黙っていぶかしげな顔の緋天を引き寄せた。
高い位置でひとつにまとめた髪型のせいで、白くて細い首筋が日の光に照らされる。
自分の物だと言って見せつけたい気と、その大事な物を誰にも見せたくない、触れさせたくない気と。
緋天が言った事は、正に今、自分が思っていた事だから。
とりあえず、柔らかな唇に小さな口付けをひとつ落とした。
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