暑い夏は涼しい場所で 3
「わあ・・・すごい、広い、きれい、すごいー」
嬉しそうに部屋を見渡す緋天を見て、笑みがこぼれる。確かに趣味のいい部屋で、落ち着いた家具と広々とした空間は、誰が見ても文句は言わないだろう。
「バスルームはこちらになります」
ソファが置かれた部屋から、大きめのテーブルが置かれたスペースを通り過ぎて、若い男がさらに奥を指し示す。その後ろを笑顔で追いかけていって、さらに緋天が声を上げた。
「ここも広い、きれいー」
「タオルなどはこちらの棚に入っております。他に必要な物がございましたらなんなりとお申し付け下さい」
「お荷物はこちらのベッドルームの方でよろしいでしょうか」
「ん」
緋天の様子を見て同じように笑みを浮かべていた初老の男が左手の部屋へ入って、ベッドサイドに両手の荷物を降ろす。ソファがあるリビングへ戻ると、にこにこした緋天がもう一人の男と待っていた。
「今日の夜ご飯はお庭で食べられるんだってー」
「こちらにお運びする事もできますが、本日はガーデンパーティーを行う予定です。ライトアップした庭でのディナーも当ホテルの自慢となっております。いかがいたしましょう」
「じゃあ外で」
これだけ嬉しそうな緋天を前にして、どうするも何もないだろう。手短に答えると、満足そうにうなずいた男が先を続けた。
「かしこまりました。6時から10時までの間にお越し下さい。お席をご用意してお待ちしています」
「もしお時間がおありでしたら、夕食の前に庭の散歩などいかがでしょう。お嬢様のご期待に添える事をお約束致します」
後ろから荷物を運び終えた男が、緋天に向かって微笑む。さらに嬉しそうな顔をする緋天が見えた。
「お部屋から出る際は、オートロックになっておりますので、こちらのカードキーを必ずお持ち下さい」
若い男から差し出されたカードを受け取る。
「何かご不明の点はございますか?」
「いいえー」
「それでは失礼致します。御入り用の際はフロントにご連絡下さい」
「失礼致します」
緋天が答えると、タイミングを計ったように2人が同時にドアへ向かう。教育の行き届いた従業員だが、早く2人になりたかったので、丁寧な説明も少し邪魔だった。
「すごいねー。王様のお風呂みたいだったよ。大理石だよね、あれ」
緋天が手招きをして、また奥の部屋へ向かう。洗面所を抜けて中をのぞくと、確かに丸いカーブを描いてカットされた大理石のバスタブが、広い浴室に作られていた。バスタブ自体もかなり大きい。
「映画に出てくるホテルみたい・・・。っていうかスイートルームみたい・・・えっ!?まさかそうなの???」
勢いよく振り向いた緋天の表情は驚きにあふれている。
「さあ。広くて過ごしやすい部屋にしろ、って言っただけで、後はここの人間に決めてもらったしな」
予約をする時にそう言ったら、しっかりと希望どおりの部屋を用意してくれた。
その仕事ぶりに満足を覚える。
「お昼も思ったけど。もしかして、蒼羽さんってお金持ちなの?」
首を傾げた緋天が困ったように自分を見上げて。
そういったものは両親の遺産も含めて持て余しているのが現状だ。
「・・・まあ、そういう事になるだろうな。ほとんど使わないまま無駄にあるんだ。だから気にするなよ」
「うー、うん」
そんな事で彼女に気を遣わせたくなどない。困惑したままの緋天の手を引いて、寝室に向かう。
「わっ、ここも広い。え、これ、ベッドひとつだけ?何で???」
キングサイズを通り越した、大きなベッドが部屋の中央に置かれているのを見て、緋天が声を上げる。
「これだけ広ければひとつで充分だろう?それに2つあっても無意味だ」
つないでいた手を引き寄せて腕の中に収める。
「っ、・・・あー、蒼羽さん、えっとベランダに出てみたいなー」
やんわりとした力で、緋天の腕が抵抗した。楽しみは夜に残す事にして、仕方なく緋天を離してベランダへ向かう。
「あ、湖が見える。きれーい」
「外に出てみるか?」
高い位置から見下ろす景色は、なかなか壮観で。真下の庭も手入れが行き届いているのが良く判る。
先ほど従業員が口にしていたことを思い出して、そう問いかけたら。
「うん。行きたーい」
嬉しそうに答える緋天。ベランダからリビングへ入って、部屋を後にする。
室内にいれば抑えようと思う衝動も、抑えにくい。緋天の手を取ってエレベーターへ乗り込む。1階のボタンを押して、階数表示のパネルを見る緋天に口付けた。
「んっ。ちょ、蒼羽さっ」
抗議の声を上げる口を塞ぐ。我慢を続ける身としては、これぐらいのアメを与えてもらっても構わないだろう。
途中で別の客が乗り込んでくる事もなく、到着を知らせる音が鳴って緋天を離した。
頬を上気させる緋天を見て、とりあえず自分の欲求が治まるどころかさらに手を出したい気にさせられる。
「失敗したな・・・」
つぶやいたそれに、緋天が不思議そうに首を傾けた。
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