暑い夏は涼しい場所で 2

 

「清丘かー・・・あたし行った事ないよー。道、混んでるかなぁ?」

「休みのピークは過ぎたから、少しはすいてるはずだ。順調に行けば3、4時間で着くぞ」

前を見ながら答える蒼羽。

4日ぶりに会うだけで、なんだか新鮮に感じる。陽に透けた前髪が明るい紫に見えた。

「え?」

 赤信号で車を停止させる。シフトを操作した蒼羽が、左手を伸ばしてきた。何だろうと思った瞬間に、蒼羽の顔が間近に見える。

「・・・少し顔色が悪いな」

 久しぶりの甘い感覚にぼんやりしていると、顔を離した蒼羽が目をのぞく。

「あ、うん。昨日あんまり眠れなかったの。蒼羽さんがどこに連れて行ってくれるか気になって。早く寝なきゃー、って思っても、わくわくしてる時って寝れないんだよね」

 軽い興奮状態。昔から何かイベントがある前の日は、なかなか眠りにつく事ができなかった。

「じゃあ、今の内に寝ておけ。ああ、背もたれを倒した方がいいな。また、ぶつけるかもしれないし?」

 そう言って蒼羽が笑みを浮かべる。同窓会の帰りに頭をぶつけた事をしっかりと覚えていたらしい。

「むう・・・。でも寝てていいの?蒼羽さん、つまんなくない?」

 長い時間を運転するのに、隣で自分が眠っていたら損をしたような気分にならないだろうか。

「今日の夜、緋天が眠気に襲われてすぐに寝る方がつまらない」

 何かを含んだ微笑みに変わって、蒼羽が前を向く。なめらかに動き始めた街並みを見ながら、その言葉の意味を悟った。

「・・・なっ」

「寝不足だと酔いやすいし、寝てた方がいいぞ」

 付け足された方の言葉を受けとめる事にして、背もたれを少し倒した。

 嬉しそうな顔をする蒼羽を見て複雑な気分になる。

「お兄ちゃんが今の蒼羽さん見たらびっくりするだろうな・・・」

 

 

 

 

 おしゃれな街並から少し山の中へ入ってしばらくすると、辺りを覆っていた木々が急に途切れて、目の前に広い湖と中世の古城のような建物が現れた。

 湖を見下ろすようにして、小高い丘に位置するヨーロッパ調の城。そこに向かって道はまっすぐに伸びている。

「わぁ・・・すごい」

「3日ともここに予約してるんだ」

「ええ?このお城ホテルなの!?」

 まさかこんな所に泊まれるとは思っていなかった。だんだんと近づく城に目を戻すと、正面玄関らしき入り口の前にはイングリッシュガーデンが広がっていて、とてもホテルとは思えない。

 何のためらいもなく、大きく開いた門の前で蒼羽が車を停める。いつの間にか、ドアマンのような制服を来た男性が側に立っていて、にこにことした笑顔を見せている。

「車はどこに停めればいい?」

「よろしければ私どもが裏手の駐車場へお停め致します。お客様はこのまま正面からお入り下さいませ」

 窓を開けた蒼羽に、かしこまったしぐさでそう答える。

「緋天」

「あ、うん」

 蒼羽がドアを開けてこちらに降りるように促す。慌てて降りると、蒼羽がトランクを開けて、荷物を別の従業員に手渡している。

「お庭きれいだねー。なんかイギリスみたい」

「オーナーがイギリスの出身ですので、実際にイギリスにある古城を真似て作られております。気に入って頂けましたでしょうか」

 独り言のようにつぶやいた言葉に、前を歩く初老の男性がにこやかに答えた。

「え?あの、はい、とっても素敵です」

「ありがとうございます。お車のキーは後ほどお部屋にお届け致します。お出かけの際はフロントにお申し付け下さい。正面に移動させて頂きますので」

「ん。判った」

 びっくりしてあたふたと答えても、その笑顔を崩さないまま、蒼羽に車の説明をする。それにいつもと変わらない様子で答えながら、蒼羽が腰に手を回してくる。引き寄せられて抵抗する気もおきずに、周りの景色に目を奪われた。大きな噴水の側を通り過ぎて、やっと城の入り口全体が見えた。

 揃いの制服をきちんと着こなした、また別の従業員が頭を下げて城の中へ腕を差し出す。開け放された入り口を抜けると、ホールのような空間が広がっていて、美しい調度品が適度に散りばめられていた。右手の奥に、ここがホテルだと思い出させるフロントと丁寧に頭を下げる数人の従業員。

「あちらでチェックインをお願い致します」

 荷物を持ってくれていた男性が振り返って蒼羽に言う。

「ちょっと待ってろ」

 長い足をフロントに向かって動かす彼の背中を見て、辺りを見回す。置いていかないでほしい、と思ったけれど、素早く動いた彼にそれを言う暇はなかった。宿泊客らしい私服の何人かが、左手のソファが並んだスペースでくつろいでいる。その誰もが、とても上品で柔らかな雰囲気をまとっていた。おまけに着ている服も高そうで、急に自分が場違いな事を認識させる。

「あの・・・ここは服装の規定が・・・」

 上質なホテルはカジュアルな服装ではうろつけない。その事を思い出して、おそるおそる側でひかえる男性に聞いてみる。ドレスコード、という言葉を思い出したのは、問いかけてからだった。

「お客様の装いに、特に何かご注意するような事は致しておりません。もちろん裸同然の格好でお歩きになられるような方がいらっしゃいましたら、何らかの処置を致します。何しろ今までにそのような例が一度もありませんので。素敵なお客様ばかりで、私どもの仕事も少ないのですよ」

 優しく微笑みながら、緊張をほぐすように少し言葉を親しげにして、答えを返してくれる。確かに、ソファでくつろぐ客の中に、Tシャツにジーンズという軽装の男性もいた。しかし彼をまとう空気は優雅なもので、装いを改めてからいらして下さい、と要求する事は無意味に思える。

 今日はクリーム色のブラウスに、黒いスカートで。割ときちんとしたファッションなので、ひとまず安心した。蒼羽も衿のついたグレイのシャツを着ているし、それに彼の場合は身にまとうものはソファに座る男性と同質のものだから、何を着ていてもホテル側にとがめられる事はない気がする。

 そんな事をぼんやり考えていると、若いホテルマンを従えて本人が戻ってきた。

「それでは、お部屋にご案内致します」

 荷物を持った男性が、蒼羽とやってきた男性に近付いて、何か言葉を交わしてから再び前を歩き始めた。

 

  

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