夏の終わりに恋人祭り 1万HIT記念:こぼれ話 2

 

「・・・蒼羽さん、今日は駄目」

 腕の中の緋天が小さく抵抗した。

 周りには誰もいない。このままどこかへ連れて行こうと、半ば力の抜けた緋天の腰を引き上げたところで、頭を冷やすその言葉。

「明日は休みなのに?」

 観客の注目を浴びた、浴衣をまとった緋天。さんざんその姿に熱を灯されて、このまま帰す事など出来ない。耳の縁に唇を触れさせて問うと、彼女の体に震えが走る。

「っ、だって・・・、1人で着付けられないもん。着替えも持ってないし」

 首をすくませて、そう答える緋天の言葉は断る理由になるのだろうか。

「じゃあ、緋天の家に1回帰ればいい。・・・それとも本当は嫌なのか?」

 ふいに浮かんだ考えに不安を覚えて問い直すと、緋天は小さく首を振る。

「着替えに帰ってもいい?・・・それなら大丈夫」

 ほっとしたようにそう言う緋天の手を取って。一刻も早くここから抜け出す為に、ようやく止めていた足を動かした。

 

 

「わぁ」

 出来るだけ早く緋天と2人になれる所へ行きたい。

 そう思っていたのに、大通りに戻ってから緋天の歩みはものすごくゆっくりとしたものになった。周囲の無数の装飾等に目を奪われて、真っ直ぐ前を見て歩かない上に、一際目を引くものがあればその足が止まろうとする。彼女の体を行きかう人の流れの中誘導しながら、焦らされている気分から抜け出せなかった。

「おぅ、お嬢さん。お目が高いねぇ。それはデザイナーの一点ものだよ。ちょいと値が張るが、買って損はないからね。まぁ、でも、お嬢さんにはちっと無理かもな。他にも安くていいのがあるよ。ほら、これなんかどうだい?」

 緋天の足が完全に止まったテント。彼女の視線の先にあった、ひとつの灯りを見て、店員が声を掛けてきた。それは他の灯りよりも一段高い所に飾られていて、淡い桜色の光を発していた。中心の蓄光石を華奢な銀色の金属が模様を描いて支えている。

「この色も人気があるんだよ。これならお嬢さんにも買えるね」

 店員の無骨な手に似合わない、一回り小さな手のひらに乗るサイズの灯りを彼は緋天に手渡す。

「あー、かわいい・・・」

 笑顔を浮かべて薄緑のそれを眺める緋天が、ふいにこちらを向いた。

「蒼羽さん、あのね」

 背伸びをして顔を寄せる彼女に身を屈めると、小さな吐息が耳をくすぐった。その感覚にどうしようもなくなりながら、緋天の言葉を拾う。

「・・・これって、円で言うとどれくらい?」

 ふわりと甘い空気を耳に残された事にしばらく気を取られる。気付けば当の本人は手に提げていた小振りの布袋から財布を出していた。

「この前ね、ベリルさんに両替してもらったんだけど・・・」

「・・・あれが欲しいんだろう?」

「うん、でもあれは、」

「お兄さん、彼女に買ってやるならこっちにしな」

 緋天が一番初めにじっと見ていたものを指差すと、彼女は首を振る。店員が緋天には買えないと言ったせいで、あっさり諦めてしまったようだ。そして行方を見守っていた店員が、緋天が手にしていた安いものに顎を向けて、商売にならない言葉を吐いた。

「いい。あれで。ああ、でもどうせなら、これも買うか?」

 店員に向かって桜色の灯りを包むように促して、緋天が右手に乗せているものに目を向ける。

「蒼羽さん、いいよ、自分で払う!!」

「悪いけど手持ちがない。これでいいか?」

 驚いた顔でシャツを軽く引っ張る緋天のこめかみに唇を落として、長い間使っていなかった小切手を1枚財布から出して店員に渡す。それを受け取った彼は、緋天よりも驚いた顔を見せた。慌てて立ち上がり、緋天が本当に欲しがっていた灯りを急いで箱に入れるその姿に、やけに愉快な気分になった。

「蒼羽さん、ってば!」

 頬を染めて今度は腕に手をかけてきた緋天の唇を塞いで、その笑顔が見れるなら何だってしてやるのに、と思う。

「緋天が気にする程、これは高いものじゃない。俺にとっては何でもない。お前が欲しいなら全部買ってもいいんだ。でも緋天の欲しいのはこれだろう?だからこれを買う」

 愛想笑いを浮かべた店員が差し出してきた紙袋を受け取って、それを緋天の目の前に上げてみせる。

「やっぱり全部買うか?」

 受け取ろうとしない緋天にわざとそう言ってやると、急いで首を横に振る。そしてようやく微笑んで。

「蒼羽さん、ありがとう」

 袋にそっと手を伸ばした。

 

 

 

 

「おいおい、兄ちゃん。邪魔すんなよ」

「呑みすぎだと思うよ。それとも周りが目に入らないのは、元から?」

 野次馬の輪から一歩前に出たベリルに対して、目を血走らせた筋肉男がだみ声で凄む。それに笑顔を浮かべて答えるベリルは、わざと相手を怒らせているのが明白だ。

「さて。蒼羽は一応武器を持っていたけど、私は丸腰だ。まさか丸腰の男1人相手に、3人がかりで負ける事なんてないよねぇ?」

 両手を顔の横でひらひらと振ってみせる彼は、完全に3人を馬鹿にした態度。さっと顔に血を上らせた筋肉男がそれを隠す為に必死で口を開く。

「・・・ああ、まあ予報士と戦う事自体がそもそもの間違いだからな。武器を持った予報士なんざ、化け物以外のなんでもねーだろ?でもな、本来のオレは有り余った力をどっかで使わねーと、どうしようもねえんだ、よっ!!」

 人々の、息をのむ音。

 びゅ、と空気を切る音。

「奇遇だね。私もたまにはこうして体を動かしたくなるんだよ」

 にっこり笑ったその顔を、確実に狙った拳。それに少し首を傾けて避けた行動に、ギャラリーも、悪役3人も。それぞれ驚いて時が止まったかのように、一瞬の静けさが訪れた。

 

「はい。次はどうする?」

 

 一歩引いて、右手を前に伸ばし構えるベリル。

 その人差し指で相手を招いて。笑顔を崩さない彼に、止まっていたギャラリーから歓声が飛んだ。

 

「・・・全く。私にも少し位分けてくれればいいのに」

 

 

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