夏の終わりに恋人祭り –1万HIT記念:こぼれ話 1
「そういえば、本部から緋天ちゃん専門の役どころ、呼んだんだって?あんたが手回したの?」
涼しい夜風を頬に受けながら、横を歩く長身の弟を見やる。今まで緋天に関する事は全てベリルが窓口になっていたので、さすがの弟も手一杯だろうとは思ってはいたのだが。緋天専門に動く人間を使うのはいいが、その役が本部からの人事異動だという事が少し引っかかっていたのだ。
「いえ、それは叔父さんが。昔からの知り合いを呼ぶと言っていましたけどね。まあ、叔父さんが手回ししたのなら問題ないですよ」
安心しきった笑みの彼を横目に見上げて、こちらも安堵の笑みが広がる。
「そう。ならいいんだけどね。でも相当本部から突っつかれてるんでしょ?だから、ほら。あっちからのスパイかも、と思ってね。叔父様がそう言うなら万事抜かりはないんでしょうよ」
「ですね」
にっこり笑って。真面目な話はもう終わりとばかりに。左右の屋台をきょろきょろと見回すその姿は、いつまで経っても昔と変わらず好奇心旺盛の小さな子供のようだ。
「ったく。あんたは・・・。っていうか今年は連れがいない訳?こんなところで私と油売ってるってことは」
灯りの屋台に混じる甘い砂糖菓子のテント。立ち止まり、はちきれそうな程、色とりどりのそれを詰め込んだ袋を手にしたベリルは振り返る。
「残念ながらね。でも最近蒼羽達に当てられてるんで、私も可愛い彼女が欲しいですね。あ、でも母上には私がこんな事言ってたなんて言わないで下さいよ。すぐ本気にして張り切るんですから」
ひとつ、買ったばかりの星の形をしたかけらを口に放り込む。そしてしかめた眉を元に戻して、手の袋を差し出してきた。
「ベリルが真面目に付き合わないからよ。もう30過ぎてるんだから、いい加減、身を固めなさいよ」
遠慮なく右手いっぱいに砂糖菓子を掴んで答えてやった。すると予想通り渋面を作ってベリルはそっぽを向く。
「結婚なんてまだ考える気になれません。それに今は蒼羽のお守りで手一杯ですよ」
「何言ってんの。そのうち蒼羽が結婚するなんて言い出すわよ、あの調子じゃ。そうすれば邪魔者扱いされるようになるんだから。今の内に相手を見つけておいた方がいいわ」
緋天に対してかなり強い愛情を見せていた蒼羽。女の自分にまで嫉妬する程の彼が、緋天と一緒に暮らしたいなどと言い出すのが容易に想像できた。
「今だってかなり邪魔者扱いされてますけど・・・」
大げさにため息をついてみせたベリルの肩を小突く。本当は蒼羽が幸せを掴んで一番嬉しく感じているのは、この数年を彼と過ごしてきたベリルのはずだ。それが判ってるだけに、そのため息の裏に隠された喜びを素直に表に出さない弟にねぎらいの意味を込めて。
灯りがきらめく通りをぶらぶら歩く。
浮き足立った表情の人々、ざわめきは収まらない。テントの並ぶ通りから少し外れて、大きめの店が軒を連ねるエリアへと入った。
「・・・っですから!!ここはそういう店ではありませんのでっ!!どうぞ他を当たって下さい!!!」
「っんだとぉ!?それが客に対する態度かよ?こっちは金払ってんだよ!追い出すなんざ随分ナメたマネしてくれんじゃねーか」
こうした祭に付きものの、くだらない諍い。
頭に血が上っている男が3人に、エプロンを身につけた女の子が1人。味が良くて評判の居酒屋から飛び出してきた。誰の目にも明らかな、男達が店員の女の子に行き過ぎたちょっかいをかけ、たしなめられたにも関らず逆ギレしているという図式に単純すぎて嫌気がさした。隣のベリルもそう思ったのか、はっきりとその顔を不快そうにゆがめている。
「誰か警備兵呼んだ?」
じわじわと集まり始めた野次馬に声をかける。誰もが首を振ってみせた。
「あー、もう。ああいう奴ら見てるとイライラするわ」
「まあまあ、落ち着いて下さい。すぐに警備兵も来るでしょう・・・あ」
のんびりと人だかりの中心にいる4人を見ていたベリルが声を上げる。
「あれ、蒼羽に一番にやられてた男ですよ、ほら。筋肉の塊」
その伸ばされた腕の先には、確かに見覚えのある顔。イベントの趣旨を良く理解しないまま蒼羽へと戦いを挑み、その挙句に口走った言葉のせいで、一番初めにあっけなく倒された男だった。
「あらら。まーあ、類は友を呼ぶって本当だわ。見て、頭悪そうなお仲間だこと」
毅然と立ち向かう店員を前に、情けなくも男3人で脅しのような声を上げる彼ら。諍いの行く末を遠巻きに見守るギャラリーに、自分達のたくましさを見せ付けるような素振りまでしてみせる。
「お客さん、すいませんけどウチの子にいちゃもん付けるのやめて貰えますかねぇ。いくら、コテンパンにやられたとはいえ、そのウサ晴らしを暖かく許してやれる限度っつーもんがあるんですがね」
店の扉から、そう言いながら出てきた男の言葉に、周りからどっと笑い声が上がる。どうやら、狙い通り蒼羽の独壇場を見ていた人間はかなりの数に登るらしい。少しも危機を感じていない店主のその顔に、娘である店員の顔にも笑顔が浮かんだ。
「これなら、警備兵が来るまで放っておいても大丈夫かしら」
これだけ大勢の人間が見ている中で、馬鹿な事はしないだろう。そう思って呟くと、ベリルが首を振る。
「・・・どうやら本物の馬鹿みたいですね。全く。この状況じゃ、どうせすぐに捕まるだけなのにね、何でああいう事するかなぁ」
その言葉とは裏腹に、彼の声には嬉しそうな響きが含まれていた。視線を元に戻すと、いつの間に動いたのだろうか、筋肉男の仲間の1人がナイフをちらつかせて店主の娘の傍に立っている。
「さて、と。最近体なまってるので、姉上は手出ししないで下さいよ」
堅苦しく着込んでいた、漆黒の上着のボタンを外しながら。ベリルの口元には笑みが浮かんでいた。
「蒼羽も最近あまり組み手の相手してくれないんですよ。少しでもヒマがあれば緋天ちゃんのところ、って感じでね」
腕から抜いたそれを受け取ると、ベリルの手は首へと回る。そのまま頭をゆっくり動かして、肩の骨を鳴らし。
「・・・今日はついてるなぁ」
のんびりと発したその声の後に。
くっ、と小さな笑い声が耳に入った。
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