夏の終わりに恋人祭り 8
蒼羽の言った通り、心配する事なんて何もなかった。
開始の合図が上がって、2秒後。まず、筋肉の塊、とフェンネルに評された男が、仰向けに倒れていた。
「おお、何という早業。蒼羽君、宣誓通りに一番にこの男を倒しました!哀れなこの男性は、本日隣町から観光にきていたそうです。お連れの方、いらっしゃいましたら、お早く引き取りに来て下さい」
「・・・ベリルさん。今のどうやったんですか?全然見えなかった」
「あれはね。首の後ろ、ちょっと叩いたのよ」
ベリルの代わりにヴィオランがそう答える。
「すご・・・映画みたい」
ステージに目を戻すと、5人組が蒼羽を取り囲んでいる。じりじりと間合いを詰める彼らを、蒼羽は涼しげな顔で見やっていた。5人の内の1人が、一歩前に踏み出した瞬間、蒼羽の体が低く沈むのが見える。あっという間にその輪が崩れて、剣を抜いた蒼羽がまず始めの1人を鞘で突く。流れるように2人目が手にした剣を弾き飛ばした。
「これはすごいです!あー、蒼羽君、圧倒的な強さです」
蒼羽の動きを追えたのはそこまでで、後は一斉にかかって行った5人の武器が全部遠くに落ちていた所で、勝負の行方を判断した。観客も追いつかないのだろう。ほとんどが呆然とした顔でステージを見ている。
「はいはい。仲良し5人組は負けですね。さあ、残るはお一人」
膝をついたり、転がったりしている5人を見て、フェンネルはつまらなそうに言う。最後の1人は槍を持った40位の男で、他の人間とは違う空気を持っていた。
「あら、あの人は他の奴らとちょっと違うわね」
「やっぱり・・・」
ヴィオランの言葉に、不安が戻る。理由は判らないけれど、何だか怖い。
槍を持っているその男に、初めから恐怖を感じていた。
びゅっ、と空気が裂ける音がして、槍が蒼羽に突き出される。マントをはためかせて、蒼羽が横に跳んだ。1戦目の相手に見せた挑発の笑みが浮かぶ。それでも相手の槍が長いせいか、次々と出される攻撃を避けながらも、中々その動きを止められないように思われた。
「んー、いい感じです!蒼羽君に反撃の隙を与えておりません。この槍使いの御仁は、今日この街で行われた個人道場の会合に参加する為に、偶然訪れていたそうです。皆さん、この方の応援もよろしくお願いします」
わあっ、と少し静かになっていた会場に、またざわめきが上がる。
そんな賑やかさの中で、戦況は一変した。
「あっ!蒼羽君、体勢を崩しました!!」
後ろに下がった蒼羽が何かにつまずいたかのように、がくん、と背筋を逸らした。そこへ、すかさず槍の一突きが入る。
「蒼羽さん!!」
「ああ!!やべぇ!っえええ!?」
胸元をかすめたその槍を、蒼羽がつかむ。それを引きながら、ひねるように立ち上がり、気付けば蒼羽は槍使いの男の目の前。
抜き身の剣を、首筋に当てられた男がつぶやく。
「・・・降参だ」
歓声と嬌声。熱狂と賞賛。
わき上がる渦の中から、蒼羽が自分に向かってくる。
「終わったから。緋天の好きな所に行こう」
差し出された手と柔らかい微笑み。めまいを起こしそうな感覚が訪れる。
「いやぁ、あっという間でしたね。蒼羽君、一言どうぞ」
立ち上がった所にフェンネルがやってきた。
「緋天に誰も手を出すな。あと、邪魔もするな」
「・・・との事です。皆さん、このお2人を暖かく見守って下さい」
「だから、あんたは一体何様よ!?」
「蒼羽さん、どこ行くの?」
広場から離れて、蒼羽に手を引かれたまま、足を進める。灯りが並ぶ大通りから少し外れて、辺りは暗くなる。
「邪魔の入らない所」
そう答える蒼羽の横顔は、なんだか少し厳しくて。微妙に早歩き。蒼羽に初めてセンターに連れていってもらった時の事が、頭に浮かんだ。機械的に足を進めていると、ふいに目の前が開ける。気付けば斜め前に見えていた蒼羽の背中も横に並んでいた。
小さな噴水を囲むようにして、3つベンチが置かれている。建物の間の丸い空間。他の人間は見当たらなくて、蒼羽と2人だけだった。一番近くのベンチに手を引かれて座る。
「・・・今日の、あれ、何だったの???」
気になって気になって、仕方のなかった事をさっそく口にする。
「ああ・・・いつかやらなきゃと思ってたんだ。ベリルがお膳立てしてくれたから、まあ、うまく行ったと思う」
そんなに遠くない所から、大勢の人間のざわめきが聞こえる。
「街の連中に、緋天の存在を認識させたかったんだ」
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