夏の終わりに恋人祭り 5
「さてさて。ここで登場するは、緋天さんを守る側。14歳という若さで異例の就任を果たしました、あのクールな男。わが街を守る、美貌の予報士、蒼羽君!!」
フェンネルがそう言ったと同時に熱狂的な波が起こる。
ステージの袖から蒼羽が現れた。
「え・・・すごい、かっこいー・・・」
白いシャツに黒い皮のパンツ。これだけなら、普段の蒼羽もしそうな格好だった。同じ皮でできた腰の太いベルトには銀色の金具で細かい模様。そこに細身の剣が収められていて。
肩に銀色の金具。
そこから落ちる漆黒のマント。裏地は深い深い青色。
まっすぐに前を、相手を見ていた蒼羽がふいに自分に目を向けた。心臓が締め付けられる程に高鳴る。頬が熱い。黒を基調としているのに神々しいまでの輝きと、研ぎ澄まされた金属のような空気を放つ、その姿は。この場の人間の視線を、一心に集めていた。
穏やかな笑顔を一瞬浮かべて、歩き出す。
翻ったマントの背中に銀糸の、何かを象徴するような刺繍。
「どう?あれ、私が選んでみたんだけど。見栄えいいよね?」
「・・・っ。かっこよすぎて、困りますっ」
熱くなった頬を押さえながら正直に言うと、ベリルが笑い出す。
「あはは。あ、宣誓が始まるみたいだね」
ステージに目を戻すと、中央で2人が向かい合い、フェンネルが片手を軽く上げていた。
「予報士に挑むなんて、中々できる事ではありません。それだけ緋天さんを想っている証拠です。さあ、挑戦者、ヘイズ君。どうぞ」
警備兵の制服で、直立不動の形を取りながらその茶色の髪の青年が、蒼羽を見ていた。
「・・・僕は緋天さんを守りたい。あなたではなく、この僕自身が。そこで、あなたに男として勝負を挑む。警備隊の名にかけて。正々堂々、戦います。緋天さん、見ていて下さい」
その悪意ない、爽やかな雰囲気に嫌な気分はしない。けれど、少しも心は動かなかった。嬉しいけれど、満たしてはくれない。観客からは、励ましの声が上がる。
「いかがでしょう、蒼羽君。ここまで真剣な彼から緋天さんを守れるでしょうか。宣誓をどうぞ」
静けさが訪れる。
蒼羽が何かを口にするのを、全員が待っていた。
「・・・・・・緋天は。俺の物だから。誰にも触らせない。お前が本気だから、挑戦は受ける。本当はこの剣も必要ない。負けを認めたら潔く諦めろ」
その言葉に頬はさらに熱くなる。
「おっとぉ、中々、2人とも男らしい言葉ですね。でも蒼羽君は少し、いや、かなり偉そうです。彼は普段もこんな調子で、ほんと、困ったちゃんなんですよ。っあ、睨まれてしまったので、そろそろ始めてもらいたいと思います。両者、構えて下さい」
フェンネルの合図で、すらり、と腰のサーベルをヘイズが引き抜く。
そのまま正眼の構えで止まった。対する蒼羽は無造作に、悠々と立っているだけだった。
「・・・それでは・・・始め!」
わあっ、と静かだった会場が沸きあがる。
ヘイズがじりじりと、蒼羽との距離を詰めながら様子を伺っていた。
蒼羽が口元に笑みを浮かべる。
「おお、久しぶりに見たねー。あの憎らしい笑顔。あいつ、挑発してるなぁ。ヘイズ君、かわいそうに・・・」
ベリルが苦笑しながら肩をすくめる。
「ヘイズ君、間合いを詰めていきます。蒼羽君、余裕の笑みを・・・嫌な笑顔ですねー。ヘイズ君、頑張って下さい」
フェンネルの声と、予報士に挑む男に同情的な観客の声に後押しされたのか、ヘイズの剣が素早く前に出る。軽く払うような感じの小さな動きで、確実に蒼羽の頭の位置を捉えようとしていた。
「やっ!!」
動悸が高まった瞬間、蒼羽が一歩、ぎりぎりの範囲だけ後ろに跳んでいた。
「・・・ベリルさん、あれ、本物の剣じゃないですよね?」
「うん。刃はつぶしてあるよ。でも当たれば怪我はするね」
「えっ・・・やだ、蒼羽さん、頑張って!」
思わず心配になって蒼羽に声をかけると、それに気付いてにっこりと笑みが返ってきた。先程とは違う、とろけるような笑顔。
「お、緋天さんから応援の声が届きました。反応する蒼羽君は、またも余裕の笑み」
ヘイズが小さな攻撃を、いくつも仕掛け始めた。
それを、同じようにぎりぎりで避けながら、蒼羽が跳ぶ。舞を踊っているかのようなその動きに、ひらひらとマントが、後を追っていた。
「逃げるだけなんて・・・。剣を抜けよ」
「始まった瞬間に倒されても、お前が困るだけだろう?だから時間を作っていたのに」
2人が動きながら会話を交わしていた。
「ヘイズ君、さすがは警備兵ですね。洗練された剣さばきです」
ヘイズの動きが激しくなる。観客の声も高まった。
「剣を、抜けっ!」
苛立つ声を上げたヘイズに、変わらず冷静な声が答えた。
「抜かなくても、倒せるけど。それだと、もっとお前は困るな・・・抜いたらお前は負けだ。覚悟はいいか?」
「っ!!やってみなけりゃ判らない!!」
その言葉と同時に、大きくヘイズが踏み込む。
かしゃん。
そんな音が耳に届いた。
次の瞬間、何故か蒼羽がヘイズの首元に剣を突きつけていて。
そのヘイズの剣はだいぶ後ろの方に転がっていた。蒼羽の左手には剣の鞘。右手を伸ばした先に、銀色の剣とヘイズの首元。
「・・・・・・あ。っええ?これは驚きです!あっという間に蒼羽君が剣を抜いています。これはもう、勝負ありですね。ヘイズ君、負けを認めて下さい」
「っく・・・。はい。僕の・・・負け、です」
青ざめたヘイズが絞り出すように声を発する。
静まり返った観客の中、蒼羽が剣を収める音が響く。
「蒼羽さん・・・左利きなのに。右手で剣持ってましたね・・・」
「手加減しないとさ。いくら偽の剣でも、大怪我になりかねないしねー」
何となく、蒼羽はあっさり勝つだろうと。どこかで判っていた。相手が警備兵である事など、全く関係なしに。利き手でない右手を使って。誰もが気付かぬ内に、勝利を収めてしまう。
立ち去るヘイズを見送ってから、フェンネルが笑って口を開く。
「皆さん、いつまで惚けていらっしゃるのですか!驚く気持ちは判りますが、これが予報士です。決してヘイズ君が弱いというわけではありません。彼は優秀な警備兵だという事をお忘れなく。この蒼羽君が馬鹿みたいに、野性的な能力を持っているだけなのです」
その言葉に、会場の観客がようやく我に返る。蒼羽を称える歓声が、大きく上がった。
「蒼羽さん」
王者の風格を背負って、蒼羽が階段を上がってくる。
「・・・お前のやりたい事が判った。こういう事は先に言え」
笑みを浮かべて、ベリルに視線を向ける。
「言ったら絶対緋天ちゃんを隠すと思ったんだよ。で?どうする?ここで終わりにしておくか?」
にやりと笑ったベリルが立ち上がった。2人の話す内容が判らなくて
蒼羽の言葉を待った。
「いや。どうせやるなら、派手にやる。フェン!」
「はいはーい。見事勝ち星を得た蒼羽君から、喜びの一言を伺います」
フェンネルが近付いてきたのを見て、ベリルがその側に寄る。
「君のその石、ちょっと貸してやって」
「んあ?ベリルさん?ま、いいや。はい、どうぞ」
フェンネルの手からベリルへ。大きなメダルみたいだな、と思っていた、フェンネルの首にかけられていたアクセサリーが外された。それを受け取ったベリルが、蒼羽に放った。きれいな放物線を描いた金属の円盤をキャッチして。蒼羽が口を開く。
「今から一時間。一時間だけ俺はここにいる。勝負をしたい奴は、その間に申し込め。一時間後、その全員と戦う。チャンスは一度だけだ。時間外の挑戦は受けない。私闘とみなして警備兵に連絡する。一対一じゃ面倒だし、時間もない。ハンデだ。予報士がどういうものか見せてやろう。緋天に手を出したらどうなるか、もだ」
ひと息に言い終わると、蒼羽が円盤をフェンネルに投げ返した。
「そ、蒼羽さん・・・」
あまりに偉そうな、正に王様の様相を呈する、蒼羽の姿に腰が引けて。
「緋天。こっち」
それでも向けられた笑顔と声は、いつもと同じで。伸ばされた腕に引き寄せられた。観客は沸き立つ。
マントを広げた蒼羽の中にくるまれる。完全に首から下はその大きな布に包まれた。見上げれば優しい微笑み。それなのに、この異様な状況は一体何なのだろう。
甘い唇が降りてきて、頭がくらくらした。
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