夏の終わりに恋人祭り 4
「私用の武器は禁止。あ、石使うのもダメだからな」
フェンネルが笑いを隠さずにやにやしながら言う。
どこか人目の付かない所に、素早く移動するつもりだった。緋天を狙う男をいちいち相手にするのも面倒だったし、その多くに今の緋天を見せるのも避けたかった。
まだざわめいたままの広場を後にしようと、緋天の手を引くとベリルが腕をつかんできた。
自信がないのか。例え勝ったとしても、緋天が負けた相手に心を動かされる事を心配しているのか、と言ってきて。
挑発してきているのは重々判っていたが、そこまで言われて引き下がるのもつまらない。仕方がなくこの場に留まっていたのだけれど。
身に付けたナイフをフェンネルが差し出した籠に入れる。
「お前はー・・・。何でこんなに持ち歩いてるんだよ。いくら予報士だからって程があるぞ、これ。まあ、出てくる出てくる」
ベルトに一本、ブーツに一本。
「2本のどこが多い?」
怪物化した雨を処理する時は、それなりの装備をするが、今は特に武器を
「オレが言ってんのは、石だよ、石。そのバングル、この前新しく作ったのだろ?まずここに3つ。それで、ブーツに5つ仕込んで。危険人物かよ!?」
「気にするな。ピアスは外さなくてもいいな?」
「気にするっつーの!ったく。ああ、それはいいや」
全ての武器となりうる私物を渡す。
ベリルに腕をつかまれてから10分後、さっそく勝負を挑まれた。見覚えのない、その相手は警備兵だと言う。緋天が首をかしげたまま、ベリルに連れられて実行委員のいるテントへと消えて行った。別のテントにこの警備兵と出向くと、そこにフェンネルが待ち構えていて、今に至る。
「で?武器は何にする?」
「何でもいい。相手に任せる」
嬉々としてそう聞かれて、投げやりに答えた。
「判った。じゃあ、これに着替えろ」
そう言ってフェンネルが何かを差し出す。
「何だ、これは?」
「ベリルさんから差し入れ。企んだ側としたらこれ位やらないと、だとよ。これ着たら、緋天ちゃんも喜ぶって言ってたぜぇ」
「・・・。どうせすぐに勝負がつくのに。ここまでやる意味は何だ?」
「さあ?オレはベリルさんの考えてる事わかんねーし。まあ、いいんじゃねーの?緋天ちゃんが喜ぶならさ」
「そう思うか?」
緋天が喜ぶのが本当だとしたら、何だってやってやろうという気になって、フェンネルに聞いてみる。
「ああ、だって、ベリルさんの言う事で、外れた事ってないんじゃねーの?それがいい事にしろ何にしろ」
ふいに面白そうな顔でそう答えられた。
「それに、さっき見てきたんだけどさ。今日の緋天ちゃんの、あの服。あれ何?アウトサイドの衣装?すっげーかわいかったし。あれで応援でもされたら、嬉しいだろ?つーか、なんかさー。・・・あれ、脱がしたくなる、って言うか・・・こう、首筋とか妙に来るな、あれは」
宙を眺めて、フェンネルが涎でも垂らしそうに口元を緩ませていた。
「うわっ、やべえ、うそうそ。今のウソだから。本気にすんな」
不埒な想像を巡らせるフェンネルに腹が立ちながらも、同じような事を考えていた自分が確かに存在していたので。手が出せずにいると、沈黙を怒りと察したらしくフェンネルは否定を繰り返す。
「・・・次、口にしたら殴るぞ」
「へーい。・・・準備できたなら、行くぞ」
「ああ。早く終わらせる」
「あたし。あの人知らないんですけど。これ、間違ってません?」
緋天がめったにしない、怒り口調でつぶやく。
「まあまあ、緋天ちゃん、落ち着いて。蒼羽が勝つのは判りきってるんだしさ。それに例え知らない相手でも、自分の事好きになってくれるのって、嬉しくない?イベントとして楽しもうよ、ね?」
やぐらの上の特等席。一段下には充分な広さのステージ。さらに下、地上には多くの観客。これ以上の状況は、どんなに望んだって見つからないだろう。
「さあ。お待たせ致しました!!今年最初の勝負。祭典の一番乗りに相応しい、皆様ご存知の有名なカップルをお迎えしております!」
フェンネルがステージ中央に現れて、声を張り上げた。
なだめたら微笑を返してきたけれど、緋天の顔に緊張が走る。
「ここにお座りのお嬢さん。今日はお国の衣装を着てきて頂きました。現代では夏のお祭りに着る、昔の民族衣装だそうです。まさに今宵にぴったりであります。見て下さい、この細い腰、つややかな黒髪、可愛らしいでしょう?こちらが噂の、奇跡のアウトサイド。緋天さんです!!」
どよめきと、歓声。
好意的な声が上がる。
「はい、お静かにー。彼女に想いを寄せる、勇気ある青年がこちら。警備隊に所属するヘイズ君。23歳。先程、警備隊長に、彼の人柄を伺いました所、普段から真面目でよく気の付くいい奴だ、とのご回答を頂きました。腕の方も申し分なし。大会での入賞経験あり、との事です。得意とするのは警備隊らしく、サーベルです」
フェンネルの紹介の言葉を受けて、微笑を浮かべたその男が、こちらに一礼をする。明るい茶の髪で、がっしりとした体格の男だった。暑苦しくはなく、それなりの爽やかさを有する笑顔。
「なかなか、手ごたえはありそうかな。ほら、緋天ちゃん」
「・・・本当に知らないんですけど」
困った顔で目礼を返しながら、緋天がそう言った。
これから始まる勝負。
それの内容を把握しているはずなのに、いまだに不思議そうにしていた。突然起こった出来事についていけないのだろうか。
初めから、これが目的でこの祭りに連れてきたのだと言えば、緋天は何と言うのだろう。
この場にいる観客に。
しっかりと見てもらわなければいけない。
予報士である蒼羽と、その蒼羽が溺愛する緋天を。
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