夏の終わりに恋人祭り 3

 

白い首筋。濡れたような艶を放つ唇。見上げてくる瞳に理性を失いそうになる。見慣れないアウトサイドの浴衣姿は、緋天の細い体を美しく彩っていた。

 一体何人の人間が、ここに辿り着くまでの緋天を目にしたのだろう。

「見るのは俺だけでいい」

 思わず声に出していた。半ば夢を見ているような気分でその唇に口付ける。

何の罠なのだろう。ベリルが何か企んでいると判っているのに、自分からそこに踏み込む。緋天を使われてしまったのだから、拒めない。顔が離すと緋天の目が潤んでいるのが見えた。それがさらに自分を煽る。本人は無意識なのだろうから性質が悪い。

「蒼羽ー。行く気になった?」

 もう一度、今度はじっくり味わおうと思って緋天に近付いた瞬間。階下からベリルの声が聞こえる。絶対にタイミングを計っていたとしか思えない。

「そろそろ出ないと、始まりのセレモニー見逃すよ」

「蒼羽さん」

「ん」

 諦めて軽く口付けてから、緋天の手を取る。

 嬉しそうにするその笑顔を見て、いつのまにか朝から続いていた苛ついた気分が落ち着いている事に気付いた。

 

 

 

 街の中心、大通りに近づくにつれて人の波は増えていく。いつもよりも多くの人間。倍以上の賑わいと、浮き足立つ街の空気。

年に一度の夏の祭典。毎年行われているこの祭りに、参加した事はなかった。冷めた気分で行き交う人々を見ていただけだったのに。

 

「・・・・・・!!」

 大通りに見える通りに入って、隣で緋天が息を呑む。

 暗くなれば灯されるはずの街灯には明かりがない。その代わりに、無数の装飾灯。ずらりと並ぶテントや屋台の半数以上が、装飾灯を売るものに代わっていた。その中を歩く人間の服装は多種多様。奇怪な格好もあれば、目を瞠るような派手な衣装もある。

「・・・すっごい。すごいねー、蒼羽さん」

 つながった手に力が入って、緋天がきょろきょろと辺りを眺める。

 少し早足になって、熱気の高まる大通りへと出た。

 

 色の洪水。

 信じられない程の数の灯りで、広い通りが明るく浮かび上がる。

 誰もが笑顔で自分達を通り越していく。

「広場に行こう。緋天ちゃん、はぐれないようにね」

 ベリルの言葉に我に返る。このめったに見られない光景に目を奪われてしまっていたけれど。確かに緋天が人並みに流される恐れがある。この間のような事が起こるのは避けなければいけなかった。

 緋天の手をしっかりと引いて広場に向かう。

 ベリルの話によれば、始まりを告げる式典があるらしく、それを合図に本格的にこの祭りが動き出すらしい。これだけ賑わっているというのに何が始まるのか疑問に思ったが、ベリルとマロウがその場に行かなければ楽しみは半減すると言い、それを聞いた緋天が行くと言うのだから当然、自分も後に続く。

 

 

 広場の隅に高く建てられたやぐら。その最上部はステージのようなスペースが作られていた。人々は一心にそこを見つめて、誰かが始まりを告げるのを待つ。

「うー、どきどきするね」

 緋天が跳ねるように背伸びをして、視線を周りと同じ方向に向けた。この広場だけは行商の売り物ではなく、街が用意したのだと思われる、街灯と同じデザインの統一された灯りが、そこら中につるされていた。その柔らかな灯が一瞬全て消え落ちる。

「やっ、何???」

 ざわめきが一際大きくなって、それに混じって緋天の弱い声が聞こえた。演出だろうと判断しつつ、暗闇の中で緋天をしっかり引き寄せる。強張った肩から力が抜けた時、再び灯りが一斉についた。

 

「紳士淑女の皆々様。ようこそお集まり頂きました」

 やぐらの上に浮かび上がる人影。たちまち人々の困惑の声が喜びの声へ変わる。

「今宵は年に一度の夏の祭典。この日を一日千秋の思いで待ちつづけた方も多いでしょう」

 広場の木々を伝って囲むように丸く張り巡らされた紐。拡声作用のある石を通して、聞き覚えのある声が頭上から降りてくる。

「あっ!!あれ、フェンさんだ!!!」

 驚いた事に、やぐらに立っていたのはフェンネルだった。

「あいつ、こういうの好きだからな」

 街の行事には必ず参加しているのだから、今ここにいるのも不思議はない。それでもやはり、戸惑いを隠せなかった。

「今年の進行役は、僭越ながら、私、『メリロット武具店』のフェンネルが務めさせて頂きます」

 遠くの方から口笛と野次が飛ぶ。普段なら考えられないような口調で話を進めるフェンネルをからかっているのだろう。

「さあ。秘めた想いを夢のような空間に託して。正々堂々と胸の内を告白しようではありませんか。すでに相手がいるあの人にも。想いを告げる事は可能です。勝負を挑まれた相手の方。あなたの大事な人を守る為に、紳士らしく戦いをお受け下さい」

 両手を広げて語る、そのフェンネルの言葉に首をひねる。何が始まろうとしているのだろう。周りの人間から否応無しに盛り上がる空気を感じる。

「ルールはご承知の通り。勝負を行う際は、こちらの広場にて実行委員にお申し込み下さい。相手の方と、この場で宣誓をして頂きます。あなたの想いを寄せる方は、必ず、この危害の及ばない場で見学して頂きます」

「これって・・・何のイベント???」

 緋天が不思議そうな顔で、こちらを見上げてくる。

「誤解しないで頂きたいのは、もし、あなたが勝っても、相手の男性から奪う事ができる、という訳ではない事です。愛しいその方が、負けた男性を選ぶというなら。潔くその身を引いて下さい。失恋した方には、『夜空の飛行亭』など、この祭典に協力する店での格安での飲み放題が確約されます。くれぐれも私闘は行わないようにお願い致します。不穏な空気を察した方はすぐに警備兵にご連絡下さい」

 うかつだった。

 祭りの存在は知っていたが、こんなイベントがあるなんて知らなかった。いや、いつかどこかで聞いた事があるような気もする。思い出していれば、絶対に緋天を連れて来なかったのに。

「それではルールを守って、存分にお楽しみ下さい。今年もやって参りました。恋人達の祭典『星の灯り祭』、開催致します!!」

 爆発が起こるように歓声がわき上がる。

 

「さあ。蒼羽。果たして君に何人が勝負を挑んでくるかな。まあ、君が余裕で勝つのは目に見えてるけどさ。万が一、って事もあるし。緋天ちゃんを取られないように頑張りなよ」

 ざわめきに混じって、ベリルの笑い含みの声が聞こえた。

 

 

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