夏の終わりに恋人祭り 2
普段はあんまり気合を入れてメイクをする事なんかない。
あくまでも自然な感じ。簡単に済ませてしまう。
手抜きと言えばそれまでなのだけれど。メイク自体あまり好きになれなくて。
「んー。いい感じだわ。いつもより、かわいいわよ」
目の前で母が満足そうに笑う。昨日、蒼羽に心苦しくも嘘をついてしまった分、何とかして今日のイベントを2人で楽しみたくて。気合を入れて準備をしていた。
藍色の浴衣。袖に向かってその色は薄くなっていて、きれいなグラデーションを作っている。帯は明るい水色。髪をくるくると高い場所にまとめ上げた。銀色の髪留めをつける。
普段は使わないビューラーで睫毛をカールして。
アイラインもきっちり引いて。薄いピンクのアイカラーをのせる。
透明のピンクのグロスもつけて、母親曰く、『いつもの緋天ちゃんだけど、ナチュラルながらもかわいさ2割増し』のメイクは完成。
「外人さんは日本人の着物に弱いらしいし。これは蒼羽さんも驚くかもしれないわね」
鏡の中の自分を見れば、唇がつやつやと光る。お気に入りの浴衣の色合い。自然と顔がほころんでしまう。
「蒼羽さん、びっくりする、かな・・・?」
「いつもと違うカッコしてる恋人見れば、誰だって驚くわよ。それが、かわいければ尚更ね」
「うーん。どうだろ・・・?まあいいや。行ってきまーす」
「あら、待ちなさい。駅まで送ってあげるわよ。歩いてたら、暑くなるでしょ」
「そっか」
できるだけベストな状態で蒼羽の元へ行こうと、母の言葉にうなずく。
浮き足立つ気持ちを抑えながら、つるつるとした感触の下駄に足を通した。
「こんにちはー。ん、こんばんは、かな」
ベースのガラス扉を開けると、ベリルとマロウが出迎える。
「おおー、緋天ちゃん!!すごいかわいいよ、予想通り、これはいける」
「う、わぁ。これって、おれが先に見ていいのかな」
2人が同時にそう言ってくれて、お世辞だと判っていてもやはり嬉しい。そういう2人もいつもと違う格好で。ベリルは何故かタキシードを着ていて、マロウは砂漠の民族衣装のようなものを着ていた。
「ベリルさん、かっこいー。結婚式みたいですよ。マロウさんはアラジンみたい」
「あはは。いつものコスプレよりもグレードアップ。まあ、緋天ちゃんには敵わないよ」
「これ、南方の衣装らしいですよ。おれの先祖、昔ここに移り住んでたんです」
ひとしきりお互いの服を見てはしゃいでから、一番に見て欲しい相手を探して、辺りを見渡した。
「あー、蒼羽はねー、引き篭もりだよ。ほら、今日緋天ちゃんと出かけられなかったから、朝から不機嫌なんだ」
「昼過ぎにお茶に誘いに行ったら、難しい顔で難しそうな本読んでましたよ。早く呼びに行ってあげて下さい」
カウンターの横の扉を指で示される。
何故だか足音をできるだけ立てないように、そろそろと足を進めてみる。
こんこん、と蒼羽の部屋の扉をたたいて。
「マロウか?今度は何だ?」
本当に不機嫌そうな無機質な声。弾んでいた気持ちが急に小さくなる。
「マロウさんじゃないよ。・・・入ってもいい?」
がたん。
何かが倒れる音がして、次いで蒼羽の近付いてくる音が扉越しに聞こえる。ぱっと目の前が明るくなった。
「緋天!?どうし、た・・・」
いるはずのない自分がいる事に対して発した驚きの声。それが途中で消えていく。
「・・・何で・・・それに、その格好・・・」
「今日、お祭りあるんだって。蒼羽さん、一緒に行ってくれる・・・?」
いつもなら、会えば挨拶代わりに、微笑んでキスを落としてくれるのに。
驚いたまま、言葉をなくす蒼羽を見上げる。
「だめ・・・?」
「いや、駄目じゃないけど・・・急にどうしたんだ?」
ゆっくりと、蒼羽の腕が背中にまわる。
「ベリルさん達が、内緒にしてよう、って・・・」
まだ半分、驚いた顔の蒼羽が、まじまじと自分を見る。
「ここまで、電車で来たのか?」
「うん」
何故そんな事を聞かれたのか戸惑いながらも答える。視線が痛い。
「混んでなかったか?」
「うん」
はあ、とため息が落とされて。背中の手が首筋をなでた。
「今度からは、こんなの見せて1人で外に出るな。危ない」
「???」
「見るのは俺だけでいい」
ようやく蒼羽が微笑を浮かべた。けれどもその目がまた深く見つめてくる。
与えられるであろう、甘い感覚を予想して目を閉じた。
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||