同窓会 5
「さっきの奴。何だったんだ?」
海岸通りを横目で見ていると、蒼羽が口を開いた。
体を覆う妙な感覚。言い難いのは、蒼羽の声が少し低かったからだろうか。
「・・・うーん。なんかね。高校の時、好きだったって言われた」
素直に答えると。蒼羽が眉間にしわを寄せる。
「だけど、高校の時の話だから。今は違うよ」
「そうは見えなかったけど」
険しい顔をしたままの蒼羽に、早く元に戻ってほしくて。
「そう言われたのはうれしかったよ。だけど、あたしが好きなのは蒼羽さんだもん。どうにもならないよ」
実際、少しも。
ほんの少しも、木下の言葉は、自分に熱を灯すことはしなかった。蒼羽に同じことを言われた時とは、その濃度が違う気がする。
横顔に微笑が浮かぶ。
静かな空気に満たされて。けれどそれは気まずい沈黙ではなくて。
心地良い静寂に、自然にまぶたが下りた。
ふわふわと浮く感覚。
隣には蒼羽が立っていて。優しい笑みを浮かべている。
もうこれ以上の幸福は望みようがないから。
どうかこのまま、何も変わりませんように。そう口に出すと、蒼羽の唇が降りてくる。
ごっ、と。
低い音が頭に響いた。次いで鈍い痛みが同じ場所を直撃。
「・・・っい、ったぁー・・・ぃ」
目を開けて、眠ってる間に窓ガラスに頭をぶつけた事に気付いた。幸せな夢をみていたはずなのに。今の痛みで全てを忘れた。頭の左側にじわじわと痛みが広がる。
「・・・緋天?ぶつけたのか?」
窓の外に、流れる街並み。
今いる場所は、蒼羽の車の中だという事も思い出す。右に視線を移すと、蒼羽が驚いた顔でハンドルを握っていた。
「う・・・蒼羽さん。・・・痛い」
「っく」
押さえた声が一瞬聞こえた。
それが蒼羽の漏らした笑い声だという事に気付いて。眠りこけて窓に頭をぶつけた、という恥ずかしさに襲われる。
「・・・蒼羽さん、今笑ったでしょ?」
恨めしげに蒼羽を見ると、必死に何かに耐える表情をする。
「うー、もう・・・今笑いそうなの押さえてるでしょ?」
肩をかすかに震わせて、それでもハンドルを握る。
「っ。悪い・・・っく」
急にウィンカーを出して、路肩に車を停める。お腹の辺りを押さえて、蒼羽が笑い出す。
「・・・ふーんだ」
笑われる事は、あまり面白くないけれど。それは蒼羽が初めて見せた姿だから。
怒るよりも、自分まで笑いたくなってしまって。蒼羽の笑いがおさまるのを、面白くない顔を作ってゆっくりと待った。
静かになった車内に、鈍い音が響いた。眠ったのかと思っていたから。
驚いて緋天に声をかけると、頭を押さえて目に涙を浮かべている。その様子が、とてもおかしく感じて。声を押さえる事は到底無理で。押さえようと思えば、余計に笑いがこみ上げてきた。
こんな風に笑ったのは、何年ぶりだろうか。
そう思い当たって、ようやく笑いがおさまる。隣を見ると、緋天がむくれた顔をこちらに見せていた。
「・・・平気か?」
「もう遅いもん」
腕を伸ばすと、その顔のまま答える。
緋天の頭を抱え込むと、小さな笑い声が聞こえる。それに安心して、髪をなでようとしたら、微かに煙草の匂いが鼻先をかすめた。
「髪、煙草の匂いが移ってる・・・」
「え・・・やだなー」
煙草の匂いを緋天が嫌っている事は知っていた。街を歩いていて、吸っている人間を避けて歩くし、その煙の範囲に近付かないようにたまに変な所を歩いていたから。
自分としては、他の人間の匂いが緋天につく事が少し不快で。
「・・・蒼羽さん、ちょっと痛い」
気が付けばきつく抱きしめている。
「んっ・・・」
柔らかいその唇を自分のものにした。
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||