同窓会 4
「駅までの送迎車、出てるからー。飲んでる人は、みんなそれに乗ってよー。先生がここで目ぇ、光らせてるからね。飲酒運転しないように!」
9時半になって、引き上げの時間だからと細川がみんなに知らせて回る。
「2次会行く?」
忙しく動き回る彼女をぼんやりと見送った後、京子が振り返って問いかける。
何となく、その笑顔が優しくて。今すぐに胸の内を吐露してしまいたかった。
「私達は行くよー。まだ飲み足りない」
綾が笑いながら言って、美香がそれにうなずく。2人とも酔った様子が全然見えない。
「私はパス。明日約束あるし」
「ちっ。彼氏持ちは嫌だねー、美佳」
「まあ、押さえて。緋天は?」
「うー、帰るー。なんか足元ふらつくし・・・」
4杯のサワーを飲んで、足元がふわふわと浮くのを感じる。体はどちらかに傾こうとする。ここまで酔いが回ったのは初めてで。それでも頭は割としっかりしている事に自分で驚いた。
「もう、バス来るよー。全員乗り切れるのかな?」
外に出て、バスを待つ。潮風が熱くなった頬に心地良くて。相変わらずふわふわする感覚がおかしくて、植え込みのレンガの縁に腰を下ろした。目を閉じて、その心地良さに体を預ける。途端に眠気がまぶたを刺激した。
「にゃー。眠いかも・・・」
「うわっ。緋天、こんな所で寝ないでよ。家に帰るんでしょ!」
「綾ちゃんー。眠い・・・」
「えー、緋天ってこんな弱かったんだ。やばー、飲ませすぎた?」
「どーする?駅から家まで、ちゃんと帰れるかね・・・って、あー!あれ!蒼羽さんの車!迎えにきてくれたんだ。良かったー」
頭の上で交わされる会話。大丈夫だと答えようとしたら、その中に蒼羽の名前が出てきて、目が覚めた。
「・・・あ、蒼羽さん。迎えきてくれるって言ってた」
「早く言いなさい!もう・・・」
駐車場の隅に停めた、銀色の車。そこから、蒼羽が降りてくるのが見えて完全に眠気がどこかへ飛んでいく。
会いたかった、と口に出したい、すぐさま抱きしめて欲しい。
「緋天」
「・・・何で終わる時間、判ったの???」
衝動に走りそうな自分を抑えて彼を見上げた。
突然現れた部外者に周りがざわめくのが聞こえる。それを全く気にせずに、柔らかな笑みを浮かべた蒼羽が近付いてくる。
「何となく。それより、何でそんな所に座ってるんだ?」
「うー、なんか足元ふわふわするの」
「あー、ごめんなさい。私達、緋天がこんな弱いと思わなくて」
京子が横から助け船を出してくれる。
「・・・平気か?」
「うん。大丈夫、って、わ」
立ち上がろうとした所を、蒼羽が腰を捕まえて引っ張り上げる。その瞬間、どよめきが上がるのを感じた。
「緋天さんは、バス乗らないんだね?」
ざわざわとした集団を押さえて、木下が確認を入れにくる。
「・・・うん」
先程の事が思い出されて、少しその顔を見づらい。
と言うよりも、もうその顔を見れない。頬を蒼羽の鎖骨に押し付けて、顔を隠してしまいたかった。
「あー、あれはもう気にしないでよ。過去の事だからさ。困らせてごめんね」
「ううん・・・。でもうれしかったよ。ありがとう」
その気持ちは本当だったから。
「うん。どういたしまして。やっぱり緋天さんは笑ってる方がいいよ。って、緋天さん、『ソウウさん』怒ってる」
目線を蒼羽に戻すと、眉間にしわを寄せた顔が目に入った。背中に回された手に力が入るのを感じた。
「別に・・・怒ってないけど」
低い声で木下に答える蒼羽が、とても愛しくて。
「ふふー、蒼羽さん大好き」
思わずそうつぶやくと、その顔は極上の笑みに変わる。髪にキスを落とされて、さらなるざわめきが上がった。
「緋天・・・いちゃいちゃは2人の時にしなさい」
京子の声が耳に届いて。その場にいた同級生がうなずくのが視界に入る。
「帰るか」
背中を軽く押されて、車に向かう。ドアを開けてもらって、中に入る。窓の外に、優しく笑って手を振る友人と、苦笑する木下と、ざわめきを上げる同級生が見えた。
見送ってくれる彼らに手を振って。
足元と同じように、ふわふわする気分で背もたれに体を預けた。
「あーもう、カッコ良すぎー!あれなら、緋天を安心して託せるよー」
「いいなー・・・。私も彼氏欲しい・・・」
口々にそう言う綾と美佳に、酔った知樹が会話に加わる。
「美佳ちゃん、オレが彼氏になってやろうか?」
「っやー。タバコくさい!!山岸寄らないでよ!」
「ひでー。うわぁ、マサー、みんながオレを虐めるー」
よろよろと、彼が肩にもたれるのを見て、自然とため息をついた。
「はぁ。僕も今日は飲もう・・・。あんなの見せられたら飲むしかないよ・・・」
「木下・・・かわいそうに。緋天に何か言ったんでしょ?あの子動揺してたもん」
京子が笑いながら肩を小突いてきた。
「あー。もういいよ。諦めてたから。高校の時も、市村さんは全然協力してくれなかったしね。なんとなく、それで。僕は緋天さんの横に並ぶのに相応しくない、って見られてるんだと思ったよ」
半ばヤケになってそう言うと、その言葉に悪びれた様子もなく、京子が笑う。
「なんとなく、かー。うーん、そう。私もなんとなくね。緋天を預けるのに、木下の空気は合わない、って思ってたのかも」
「それにしては、邪魔の仕方がハンパじゃなかったって!いつだか、僕が緋天さんに数学教えてる時、わざと転んで机ひっくり返してさ。おまけにポッキー1箱緋天さんの前に出して、後ずさりしながら教室から出て行かなかった?」
過去の思い出を一気にまくし立てた。恨めしそうな視線もつけると、彼女が浮かべたのは苦笑。
「えー?やだ、バレてたんだ?って言うか、あれについて来る緋天も緋天でしょ」
「・・・でも、追いかける緋天さん、可愛かったよ」
楽しげな表情の京子を前に、ぽつりと本音をつぶやいて。
「さてと、知樹、重いからそろそろどけって」
うだうだとまとわりつく知樹を離して、空を見上げる。
きれいな半月がまぶしい光を放っていた。
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