同窓会 3

 

「あれ?木下君?」

 一通り、友人達の追及が終わって、トイレに行って席に戻ると木下1人がそこに座っていた。

「京ちゃん達は???」

「1階におかわり取りに行くって言ってたよ。成田さん達に捕まってたから、まだかかるかも」

「ええ?あたし置いていかれたー。ひどいよぅ」

 どうしようかと考えていると、椅子を指し示された。

「行かない方がいいよ。市村さん達、緋天さんの彼氏の事について聞かれてたよ?」

 その言葉に、夕方の混乱ぶりを思い出す。わざわざ自分から餌食になりに行く気はないので、おとなしく椅子に座った。

「はぁ・・・」

「あの人とさ、いつ知り合ったの?」

 ため息をつくと、木下が苦笑しながら話し出した。

 そういえば、彼はどうしてこの場に留まっていたのだろうか、と疑問がわきあがった。京子達がいない間テーブルを守っていたとはとても考えらない。貸しきりのおかげで、席は充分確保されていたから。

 すっかり寛いだ様子で腰をおろす彼が言う言葉に、ほんの少しがっかりした。

「木下君までそんな事を・・・」

「いや。僕のは純粋な興味。だって、緋天さん、高校の時誰とも付き合ったりしなかったから」

 冷やかされたり、面白がって笑い者にされるのは好きじゃない。木下はそんな性格ではないと頭では判っていた。言葉に出されたのは、馬鹿にするような声ではなくて。だから、そっと返事を出す。

「・・・特に好きな人いなかったもん」

「だよね。そういう緋天さんが好きになるのって、どういう人かなー、と。で、いつ知り合ったの?」

 笑顔で話を元に戻される。頭のいい彼は、高校の時も委員会をものすごく上手く仕切っていた気がする。

「・・・5月の半ば過ぎ、かな」

諦めて答えると、木下の目が驚きに見開かれた。

「え!?たった2ヶ月前?って事は何?あの時、アーケードで会った時って、知り合ったばかりだったって事???」

「うん。そうだけど・・・?」

「う、わー。なんかかなりショックかも・・・」

額を押さえて、ずるずると椅子にもたれかかる。その様子に少し焦る。

「え!?あたし変な事言った?」

「あー、いいよ。こっちの話。緋天さん、結構人見知りするよね? だからびっくりしたんだ。あの時すでにあの人、かなり僕らの事気にしてたから」

 酔いを醒ますかのように首を振った彼が、すぐに元の体勢に戻った。続けて出されたのは、夕刻、入り口で細川が口にしていた事の片鱗。

「あ、それ、どういう事?蒼羽さんがここに送ってくれるの、前から判ってたって、細川さん言ってたよね」

 テーブルの上に載っているグラスを手に取って。青い色のカクテルを木下が口に含む。

 なんだかそれが、勿体ぶって自分を焦らそうとしているようで。彼が意地悪に見えてしまった。

 それが顔に出ていたのだろうか。ふ、と木下が微笑んで口を開く。

「知樹がさ、緋天さんの髪触ったでしょ? 実は僕が立ってた所から、その『ソウウさん』が初めから見えてたんだよ。その時に、あの人がムっとした顔したのが見えて。彼氏かなーと思ってたら、緋天さんが上司って言ったよね。だから、あの時点では何もないけど。知樹の態度が発端になって、絶対緋天さんに何かモーションかけると思ってたんだ」

 一気にそう言って、笑いながらまたグラスに口をつける。

 正直、あの少しの間の出来事をこんなに詳しく覚えていて、さらに分析する人間がいた事に驚く。

「2人が上手くいったら。今日の同窓会、絶対彼氏が送ってくると思ったんだ。だって、僕らは、特に知樹は、緋天さんにちょっかい出す奴だって、あの人は思ってるだろうからね」

 

 真昼の、突然の再会。

あの後、蒼羽の態度が急に変わって。

 冷たい目を向けられて。彼を怒らせてしまったんだと思ったけれど。

 もしかすると、木下の言う通り、蒼羽はあの時嫉妬してくれたのだろうか。今日、気を付けろ、と真剣な目で言っていたのも、その事を気にしていたのだろうか。

「木下君・・・なんかすごいねー・・・。あのね、今、色んな謎が解けた気がする。それが本当だったらすっごく嬉しい」

「はは・・・。それにしても、2ヶ月かー。人見知りの緋天さんが、何であの人を好きになったか聞いていい?」

「うー、そんなにあたし人見知りに見える?」

「うん。だってさ、緋天さん、あまり自分からは知り合ったばかりの人のプライベートな事、聞かないよね。っていうか、そういう場であまり自分から何か話したりしないよね」

 すらすらと並べ立てられるのは、確実に自分の性格を見抜いた言葉。

 特別仲が良かったわけでもないのに、何故彼はこれほど自分の事を知っているのだろうか。

「・・・だって、失礼でしょ?」

「そうだけど。まあ、それは置いといて。で、好きになったきっかけは?」

 またも笑顔で話を戻される。

 これだけ真面目に食いつかれると、口を開かないわけにはいかなかった。

「・・・蒼羽さんね、初め、怖かったの。必要な事以外、絶対話さなかったし。面倒くさそうだった」

 初めてセンターに連れて行ってくれた日の事を思い出す。

「そういう人に、あたし今まで会った事なくて」

 柄の悪い人間達から助けてくれて。ピアスをつけてくれて。

「で、木下君達と会った日に。車で出かけてて。色々話しかけたら答えてくれるようになってね。えーと、それで、誰も言わなかった事を蒼羽さんが教えてくれたの」

「・・・誰も言わなかった事?」

 目の前の木下が、聞き返す。

「うん。あたし絶対自分は悪くない、って思ってた事があってね。周りの親も友達も、緋天は悪くない、って言ってくれて。もう完全に被害者だって思い込んで、深く考えなかった」

 今でも恥ずかしくなる。

 本当に、何も見えてなかった。

「蒼羽さんが、それを教えてくれて。すごく判りやすく、穏やかにね」

「へえ・・・。それで緋天さん、好きになったの?」

「うん。『目から鱗』って感じだった。一気に自分が恥ずかしくなった。何でちゃんと見えてなかったんだろう、って。それで迷惑をかけた人の存在にも気付いて。そういう事をね、柔らかく教えてくれた蒼羽さんは本当にすごいな、って。それがきっかけかなー」

 空を見上げると、きれいな半月が見える。

「じゃあ、僕らに会った時、すでに緋天さんはあの人が好きだったの?」

「そう、だねー。そう言われてみれば。でも気付いてなかったよ。あの後、色々あって、気付いたのは1週間以上たってからかな」

 木下がグラスをテーブルに置いて笑う。

「ふーん・・・。ああ、あの時ならまだ間に合ってたかも・・・」

「間に合うって何が・・・?」

 自嘲するような笑いを浮かべる彼の様子はおかしくて。

「緋天さんが、まだあの人の事を好きだって気付いてなかったなら。僕が横取りできてたかもしれない」

 まっすぐ。

 自分の目を真剣に見つめてくる。

「・・・それ、って、どういう・・・」

「僕は緋天さんが好きだったんだ。ずっとね」

 目を逸らさずに、じっと見てくる。

 さらりと言うその言葉の意味は。

「友達の好きじゃないよ。女の子として好きって事だよ」

 強い視線に耐えられない。

 何故、急に。

 何故、蒼羽の話を聞いた後に。

 ぐるぐると頭の中を色んな疑問がまわりはじめて。気分が悪くなりそうになった頃、木下が沈黙を破った。

「・・・ほとんど諦めてた。緋天さん、僕の事同級生としか見てなかったし。あの時、僕の名前だって忘れてたよね?」

「ごめ、ん・・・」

「謝らないでよ。自分が惨めになるだけだから」

 何を言えばいいか判らなくて。その怒ったような目を見るしかできなくて。

「うらぁぁぁ―――――!!」

 しばらく続いた沈黙を、誰かの大声に断たれる。

「・・・知樹」

「なーに、2人っきりで見つめ合ってるんだよー!!っざけんな」

 山岸が大ジョッキを手に、横に座る。

「緋天、ごめん。変なのがくっついてきちゃった」

 京子が肩をすくめて、空いた席に座る。綾と美佳も苦笑しながらそれに続いた。

「はい、これは緋天のね。ピーチサワー」

 目の前に美香が別のグラスを置く。

「あ、ありがとー・・・」

 呆気に取られたけれど、山岸が気まずい雰囲気を断ち切ってくれたのはありがたかった。

「っだぁぁぁ。河野ー、なんであんな奴のものに・・・」

 テーブルにひじをついて、山岸がさらなる大声を出す。

「山岸、完全に酔ってるね?性質悪いっつの」

「あー、ごめん。こいつすぐ酔っ払うんだよ」

「うっせーなぁー。いっつもいっつも、母ちゃんみたいな事言いやがってよー。犬に追いかけられて泣くくせにー」

「「いつの話だよ」」

 綾と木下の声が重なって。それが先ほどのやり場のない気持ちに侵されていた自分を、少しだけすくいあげた。

「河野ー・・・こいつらが虐める。助けて」

 そう言って山岸が抱きついてくる。酔っているはずの、彼の緩慢な動き。ゆっくりなのに、避けられなかった。アルコールの匂いとヘアワックスか何かの匂いがまとわりついて。おまけに大嫌いなタバコの匂いが混じる。

「こら!!酔っ払いだと思って大目に見てやったら何て事を!!」

 すかさず京子が立ち上がって、山岸を引き離してくれた。明らかに蒼羽と違う感覚に、少し頭がついていかなくて、腕に鳥肌がたった。

「緋天さん、ごめん!もう連れていくから。許して」

「緋天?大丈夫???」

「うん、大丈夫・・・」

 

 目の前で手を振られて、やっと我に返る。

 無理やり立たせた山岸を引っ張る木下の、その背中。

 見ていられなくて、視線を落とした。

 数刻前、別れたばかりなのに。無性に蒼羽に会いたかった。

 

 

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