月夜のジレンマ 6
「とにかく驚いたよ。21だぞ、あの子は。普通ならあんな風に出来るもんじゃない。緋天を気遣ってるのが、大事にしてるのが、それで痛いほど良く判った」
一連の話を語り終えて、少し興奮気味に父が言う。
「・・・」
驚いたのは自分。
父と同じように自分も今驚いている。
それと同時に苦いものが体を巡っていた。
「お前は見てないから判らないだろうけどね。あんなに異様に怯えていたのに、蒼羽君が朝迎えに来たら、緋天が安心したのが判ったんだよ。そのせいかどうか、僕も蒼羽君が緋天の側にいてくれてるのを見るだけで、何故か安心した」
何年も一緒に暮らしていたのに。
大事に思ってるのは同じなのに。
緋天が頼りにしたのは蒼羽。
「これで。蒼羽君を見る目も変わるだろう?正直僕は、もう彼以外の男が緋天に近づく事の方が嫌だよ」
満面の笑みを浮かべて、嬉しそうな顔を父が見せる。
「・・・確かに。あいつを見る目は変わった。見直した。同年代の男より遥かに優秀だよ。頭がいい。顔もいい。経済力まであるさ」
これだけ完璧な存在があるだろうか。
いずれはどこかの男に取られるなんて、判っていた。
それなら、今いる完璧な男に預けておく方がいい。
「だけど」
「何だ?まだ不満があるのか?司月は贅沢だな」
まるで自分が蒼羽であるかのように、奴を売り込む父に、複雑極まりない胸の内をつぶやく。
「・・・なんか嫌なんだよ。お父さんの言うように、そこまで相手を大事にしてるのも珍しいとは思うけど。だからって、緋天が手放しにあいつを頼りにしてるのが、なんか嫌だ」
一瞬いぶかしげな顔をしていた父が、にやり、と口の端を上げた。
「お前、それはただの、というか立派なシスコン感情だよ」
「・・・はいはい。どうせ僕はシスコン兄貴ですよ」
昔から。親にも友人にも彼女にも。
何度となく言われた言葉。
お前本当にシスコンだな。
えー、河野君ってシスコンじゃん。
うわ、なんか河野やばくねぇ? いやいや、でも河野の妹ってマジ素直でかわいいんだよ、そうなるのも判るね。
あたし本当に大事にされてんの?
数限りなく、そう言われ続けたけれど。
それを、厄介だとは思っていない。
「結局お前が引っかかってたのはそこじゃないか」
にやにやと笑い続ける父が鬱陶しくなって、グラスの液体を飲み干す。
蒼羽を飲み込んでいる気がして、気分がいいのか悪いのか。
「しーちゃんはまだ大事な人がいないから、判らないのよ」
いつの間にか風呂上りの母が、父の隣に座りながらそう言った。
「私みたいに美人の相手ができれば、すぐにのろけだすわよ、きっと。ねー、裕一さん」
母が軽く父にもたれかかる。
「・・・そうだな」
苦笑しながら父が腕を母の方に回した。
「しーちゃん、結構モテるくせに長続きしないわねー。どうせ今もふらふら遊んでるでしょ?本当どうしようもないんだから。そのうち痛い目みるわよ。誰に似たのよ?」
「僕じゃないぞ。もちろん祥子でもないな。ったく。お前もしっかりした相手を決めろ。その場限りの付き合いなんてのは良くないぞ」
目の前で恋人同士の空気を発しながら、説教を始める両親を見て。
自然とため息をついてソファから立ち上がる。
「あら、どこ行くの?」
「2階。邪魔しないからさ。たっぷりいちゃついてくれ」
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