月夜のジレンマ 5

 

少しずつ、口に含むようにして飲んでいたワインが、グラスから消えた。

ほどよい重量感のあるボトルを手にして、その深い色合いの液体を新しく注ぐ。

「どうだ?美味いだろう?」

「・・・うん」

 父が勝ち誇ったような笑みを浮かべて口を開いた。お中元に貰ったというそのワインは、確かに上等な味わいで。久しぶりに飲んだ高級酒は体を心地良く酔いへと導いていく。

 けれども。

 その、赤と紫が混じり合ったような、独特の深い色が。

 否応無しに、奴の髪と目を、頭の片隅から引っ張り出してくる。

「何でなんだよ・・・?」

「ん?」

つぶやいた言葉に、何もかも見透かした顔で父が短い返事をよこす。

今頃緋天は何をしているだろうか。朝、笑顔で家を出た緋天は、今も変わらない笑顔で蒼羽の隣にいるのだろうか。

「何でそんなに手放しであいつを信用してるんだ?だっておかしいだろ?お母さんはともかく。お父さんは何の理由もなしに、緋天を見ず知らずの男に預けるような真似、するとは思えない」

「・・・まあ、そうだろうな。うん、あれが無ければ、蒼羽君をこんなに信用してなかっただろうな・・・」

 目の端に皺を作って苦笑した父は、グラスを傾けて赤い液体を灯りにかざす。

「だから。それを教えてくれよ。そもそも、いつの間に知り合ったんだ?お父さんだって単身赴任なんだから、そうそうこっちにいる訳じゃないだろ?」

 わざと焦らして楽しんでいるような、ゆっくりとした手の動きを目で追いかけながら、少しいらいらした声を出した。

 

「緋天が。小さな頃から同じ夢を繰り返して見ているのを、お前は知っていたか?」

「・・・え?」

 唐突に切り出された内容に頭がついていかず、思わず聞き返した。

「嫌な事とか、悲しい事があった日は、必ずその夢を見ていたようだよ。あと、熱のある日なんかも良く見ていたみたいだ」

「そんな事・・・」

 初めて聞く話に耳を疑う。それが本当なら、かなりの回数、同じ夢を見ている事になるだろう。

「こう言えばいいか?ほら、あの子が小さい頃、目を覚ましたかと思ったら長い時間、わんわん泣いて。なだめながらとか、泣き止んだ頃に何があったか聞いても、夢の内容を覚えてない事があったろう?」

「・・・ああ、そういえば」

 緋天が小学生の頃、泣きながら自分の部屋に来て激しくしゃくりあげていた事を思い出した。落ち着いてから、どうしたのかと聞いても、きょとんとした顔で、わからない、と返されて。わからないけど怖かった、と言うだけで。

「とにかく。そういう風に泣いてた時は、いつも同じ夢を見て泣いてたんだ。起きた時には内容は忘れてるんだけどな。それが最近までずっと続いてた」

「最近って・・・?あれは小さな頃だけの、せいぜい小学生くらいの話だろ」

「お前もそう思ってたか」

 小さなため息をひとつ吐き出して。ますます苦笑いを深くする父。

「僕らもそう思ってた。小さな頃ほど回数は多くないけど、確かに最近まで緋天は同じ夢にうなされていたんだよ」

 

 

「家族ですら気付かなかった事を、解決してくれた。その間、不安定だった緋天を落ち着かせていたのは、蒼羽君だ」

 

 一口、グラスの中身を飲んでから、父は6月に起きた話をゆっくりと語り始めた。

  

 

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