月夜のジレンマ 7
「お兄ちゃん、見て見てー、これ。お兄ちゃんへのおみやげ」
「お、何だー?」
夕方、家に戻ってきた緋天が、おみやげを広げながらコーヒーを淹れてくれて。カップを手渡しながら、笑顔を全開にしてそう言った。
「カップ。体験工房で作ったの!!」
「え、これ作ったのか?」
「うん!!」
手にしたカップを眺めると。
それはごく薄い紫色で。ところどころに白い雲のような筋が淡く浮かんでいた。手の中にうまく収まる細長いけれど丸みのある、ちょうどいい大きさ。つるつるとした釉薬も手になじむ。その上品で優雅な色合いと曲線は、とても素人が作ったとは思えなかった。
「本当に作ったのか?すごいなぁ。普通に売れるって」
「これ、おそろいなんだよ」
緋天が自分の手にしたカップを、少し持ち上げてみせる。
確かに、おそろいと言うだけあって、形も大きさも瓜二つだった。
色だけが違っていて、同じ位の薄さの橙色。
「お兄ちゃんのは、夜のイメージで。あたしのは夕方のイメージなんだよ。名前どおりにね。すごいでしょー?」
緋天の言葉に素直にうなずく。もう、これは本当に素人芸とは言えない程、上出来な作品だった。しかも、緋天がおそろいでカップを作ってくれた事が、純粋に嬉しい。
あまりの嬉しさに浮き上がる笑みを抑えつつ、コーヒーを口にする。
自分好みの香ばしい風味と酸味の少ない味。緋天は紅茶やコーヒーを淹れるのがうまい。単品種で淹れるだけでも、かなりおいしく淹れる事ができる上に。複数ある茶葉や豆を、緋天が適当にブレンドすると、驚く程、美味なものができあがる。誰かが真似してブレンドしてみても、上手くいかないので、我が家では緋天が飲み物を作るのが普通だった。
「おいしい?」
「相変わらず、結構なお点前で」
大きくうなずいてそう言ってみると、緋天が首を傾げて笑う。
「このカップで飲むともっとおいしく感じない?」
「ん?ああ、そうだなぁ」
可愛い事を言う緋天に、口元は自然とほころんでしまう。
「これねー?」
にこにこにこにこ。
いつもより2割増の笑顔をこれでもかという位、全開にして。
ものすごく嬉しそうに緋天が言葉を続けた。
「蒼羽さんが作ってくれたの」
ぶはっ!!
「やー、汚い・・・」
盛大にコーヒーを噴出しそうになって、我慢して、気管に入って、結局噴出した。ごほごほと、咳き込む。 緋天が身を引いて眉間にしわを寄せた。
「なっ、だっ、ええ?あいつが?作った、って・・・何で?」
ティッシュペーパーを引き出しながら、何とか疑問を口にする。
「最初ね、あたしがベリルさんと蒼羽さんのをおそろいで作るー、って言ったの。で、蒼羽さんは自分のを作る必要なくなったから、どうしようかな、って思っててね。そうしたら、お兄ちゃんの事思いついて、作ってみたんだって。びっくりしたよ。まさか蒼羽さんが、お兄ちゃんの作ってるとは思わなかった」
嬉しそうに微笑む緋天を見て。
少し。
ほんの少しだけ。
彼を認めた自分がいた。
「ほーんと。うらやましすぎるわぁ。しーちゃん、この2つのカップは国宝ものよ。大事にしなさい」
割り込んできた母が緋天に向き直る。
「緋天ちゃん、蒼羽さんに私達のも作ってー、って言ってみて、ね?」
「ええー、どうだろ???」
楽しそうな2人を横目で見て、それから残りのコーヒーを飲み干した。
ほろ苦い味が、今の自分の気分を代弁しているようで。何となく照れくさくなる。
手の平に収まったままのカップに目をやると。
夜空に淡く輝く三日月が、コーヒーのなくなった底に浮かんでいた。
「粋なこと、してくれるじゃないか・・・」
心の奥底の自分は、仕方なく白旗を掲げているようだった。
END.
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