3.

 

「蒼羽さん、それなぁに?」

大量に用意した食べ物もあらかた片付けられて。蒼羽が口に入れる果物を見て緋天が言う。

「あー、これはこっちの果物だよ。インヴァイトって言うんだ。桃とイチゴの中間みたいな味」

 蒼羽の髪と同じ色の。親指大の丸い果実。

 皮は割と厚く、その中身は柔らかく果汁が多い。それは密かに蒼羽の好物だった。

「おいしい?」

 いくつか繰り返しそれを食べる蒼羽を目にして、緋天が問うと。蒼羽が手にしていた一つを隣の緋天の口に持っていく。

「・・・ん」

 反射的にそれを齧って、緋天の口の端から果汁がこぼれた。

 笑みを浮かべて蒼羽がそれを親指でぬぐう。

「あ、なんか初めての味。おいしー」

 残りのかけらを嬉しそうにする緋天の口に入れて、その咀嚼する様子を見守る。一見、何の事もない恋人たちの姿に見えた。けれども蒼羽の浮かべた笑みが清らかとは言い難い。その視線は、緋天の果汁に濡れる唇に向けられ。自分の手から緋天が物を食べるその状況を楽しんでいた。

 そんな蒼羽に気付かず、無邪気に喜ぶ緋天がいたたまれなくなった時。

「え・・・?蒼羽?」

 上から澄んだ声が降りてきた。

 

 右斜め後方を振り返れば、光る銀。

「ああ・・・アルジェ、か・・・?」

 蒼羽が笑みを消して少し驚いた表情で彼女を見る。

「久しぶり。私今日からここでお世話になるの。蒼羽は聞いてなかった?」

 柔らかな微笑みが逆光に浮かんだ。それと同時に頭に浮かぶ今日の予定。

「あー、じゃあ君がアウトサイドの研究家?よろしく。さっき大通りで会ったよね?」

 思わぬ再開に複雑になりながら、声をかける。見上げたその柔らかい表情は一瞬堅いものに変わる。

「・・・はい。先ほどはありがとうございました。アルジェと申します」

「私はベリル。こっちが君の仕事の中心になるアウトサイドの緋天ちゃん。・・・蒼羽と知り合いだったんだ?」

 また耳に聞こえた冷たい声に、少し頭が冷えて簡単に名前を言い、蒼羽に顔を向けた。

「今日からよろしくね、緋天さん」

「え、っと。河野緋天です。よろしくお願いします」

 視界の隅に、緋天に柔らかい笑顔を向けるアルジェが目に入る。

 一瞬前に自分に向けた冷たい声ではなく。それにほっとした。緋天が恥ずかしげに挨拶を返しているのを確認する。

 

「イギリスにいた時、同じセクションだったから」

「へぇ・・・」

 緋天の様子を自分と同じように見守っていた蒼羽が、満足したのか先ほどの問いに返事をした。相槌を打ちはしたものの、それ以上どうやってこの場を進めればいいか判らなくなる。こんな風に戸惑いを覚えることは、自分の立場上、あってはならないのに。

「座れ」

 ふいに短い沈黙を蒼羽が破った。立ったままの彼女に珍しく気を遣ったらしい。

 もしかしたら、各人をつなぐことの出来ない自分を慮ったせいかもしれないが。

「え、でも・・・」

 丸く円を描いて座っているので、隙間がなく彼女は戸惑う。

「わ、ちょっ、蒼羽さん!?」

「ここ座れ」

 ふいの来客にきょとんとしていた緋天を自分の足の間に入れて。蒼羽がアルジェに口を開く。

腕の中で抵抗する緋天の口元にインヴァイトを入れた。

「んー」

一度口に入った物を吐き出す事ができずに、緋天はそれを咀嚼する。

 部外者 ―――3人の若者やアルジェ、今日初めて会った人間の前で蒼羽に抱きしめられるのが恥ずかしいのだろう。緋天の頬は赤く染まっていた。それから目を離さずに蒼羽が薄く笑みを浮かべる。

 完全に外野を無視した様子で、蒼羽の唇は緋天の赤い耳の縁をゆっくりと口に含む。

金縛りにあったような顔で3人の男達がその光景を見ていた。緋天の目が潤みだす。

「・・・2人は付き合っているの?」

「そうだけど?」

 まだ立ち尽くしたままのアルジェが蒼羽と緋天を見下ろす。相変わらずその目線は動かさずに蒼羽が答えた。

本部にいたからだろうか。その事実を、緋天の担当となる立場のくせに知らなかった事に軽く驚く。蒼羽もそれを感じたのだと思う。答えには、そういったものが言外に含まれていた。

けれど、水色の瞳は信じられないものを見たとばかりに、ただ大きく見開かれていて。

 

「っも、やぁ。蒼羽さんのばかぁ・・・」

 弱い声で緋天が蒼羽を非難した。

普段は耳にしない緋天のその珍しい言葉に、驚きながらもその通りだとうなずいてしまう。しかしそれは逆効果だったようで。蒼羽を見ればその顔には先程よりも邪悪な笑みが浮かぶだけ。

「緋天?」

 何かをうながすように蒼羽が緋天の名を呼ぶ。それにびくりと肩を震わせて緋天がうつむいた。

「だ、って・・・蒼羽さんが!・・・外でこういう事しないでよぅ」

 馬鹿と口にした事を後悔しているのか、正当な意見を言う緋天の声は弱々しい。蒼羽の浮かべる笑みは嫌がる彼女を見ての嗜虐心からなのに、それを蒼羽の怒りだと取った緋天は小さく弱く抗議する。

「緋天が誘うのが悪い」

 緋天の罪悪感を放置して、きっぱりと蒼羽が言い放つ。意地の悪い笑みのまま、再び緋天の耳に唇を寄せて舌を出す。

「こら、蒼羽。緋天ちゃんが嫌がる事はしない」

 真っ赤な顔の緋天が可哀想で、さすがに助け舟を出そうと口を開いた。

途端に蒼羽が不快そうに眉間にしわを寄せる。

 

「・・・蒼羽、随分俗っぽくなったんじゃない?」

 蒼羽の口が開く前に、上から硬い声が降りてきた。

「前はそんな風に、馬鹿みたいに誰かに構ったりしてなかった。研ぎ澄まされたナイフみたいに。あなたに恋愛感情なんて無かったでしょう?それともその子がアウトサイドだからなの?他とは違うから構っているうちに情が移っただけよ。他人に何かを求めても何も得るものはないんだから」

 

誰もがあっけに取られた。

急に冷たい響きが紡ぎ出されたことに、頭が追いつかなくて。

「誰だか一瞬判らなかったわ。あまりに違いすぎて」

 

「・・・その辺でやめて頂けませんか」

 一息に吐き出されたその言葉に、思わぬ所から声が上がった。3人の内の1人が眉根を寄せて苦笑する。

「緋天さんといる時の蒼羽さんは、人間ぽくて僕は好きですよ」

「・・・っ」

その楽しげな口調に何も言い返さず、彼女はくるりと背を向けて立ち去って行った。

蒼羽でさえ、驚いた顔でただアルジェを見上げていた。その腕の中で瞬時に緋天が青ざめていくのが目に入る。

 

「緋天、ごめん。前はあんな事言う奴じゃなかったんだけど・・・」

 蒼羽がため息をついて緋天を見る。その目が一瞬泳いで下を向いた。

「・・・わかってる、もん」

 泣き出しそうな顔を見て、蒼羽より先に怒りを感じた。

 理不尽に、一方的に投げられたその言葉に緋天が傷ついたのが判る。

 それを目にして何故だか異様に腹が立った。

「ベリル?」

 蒼羽のいぶかしげな声が聞こえたのは、立ち上がって足を踏み出した背中からだった。

 

 

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