2.

 

人込みの中をセンターに向かって足を進める。

 昼時なので、人の波は大きい。左手に持った、大量の食べ物を詰め込んだ特大サイズのバスケットが、進行の妨げになる。

 

 それでも蒼羽の嫌そうな顔を想像して、早くセンターに辿り着こう、と妙なやる気がでた。

 込み上げる笑いを噛み殺した時。右手前方から人波に弾き出された人間。目の前でよろめく。

「・・・っと!」

 とっさに差し出した腕の中にうまく収まって。ひとまず安心する。

「すみません!!」

 澄んだ声が自分の中から聞こえた。どうやら、若い女性のようで。いい気分になりながら、彼女を右腕から解放する。

 慌てた様子で素早く離れて、自分に向かって頭を下げる。

「ごめんなさい!少しぼうっとしてしまって・・・ありがとうございました」

 

明るい日差しの中で、銀色に光る。

 初めて見る、珍しい髪の色。

 

「・・・いや。怪我はない?」

 驚きを隠しきれないまま、そう答えると。顔を上げた相手の顔に微笑が見えた。

「はい。大丈夫です」

 透き通る、水色の瞳。白い、白い肌。

 光を放つ、銀。けれども、それはびっくりするほど思い切りよく短く切りそろえられていた。それだけに、細く白い首筋が目立つ。

「どこから来たの?」

「・・・え?」

 思わずそう聞くと、こちらを見て。微笑が浮かんでいたその顔が瞬時に強張る。

「あ、ほら。この辺じゃ珍しい髪の色だから」

「そうですか?」

 少し不躾だったのか、冷たい声が返ってきた。

「あ、私急ぐので。失礼します。ありがとうございました」

 早口にそう言って、あっという間に銀の光は人込みに吸い込まれて行った。

「あー・・・。ちょっと今のヘコむかも」

 普段、女の子から歓声や嬌声をもらうことが、少なくはないと実感しているだけに。

 この自分を見て、逃げるように消えた彼女が、その髪の色と同様、珍しいと思った。もう少し、彼女の美しさを目に入れていたかったのかもしれない。あっけなく消えたその後姿を残念だと思いながら、センターへ足を動かした。

 

 

 

「わあ、すごーい。ピクニックみたい」

 開口一番、惜しみない笑顔と一緒に嬉しそうな声で緋天が言う。

「さ、緋天ちゃん、そこ座ってー」

 大通りでの出来事を洗い流すその笑顔に、こちらも笑みがこぼれる。これでは蒼羽が独り占めしたくなるのも仕方ない、そんな気にさせられた。

「はい、こちらは緋天ちゃんに癒されたいと願う若者3人です」

「あはは、何ですかー、それ」

 軽い冗談のように、そう言ったけれど。目の前の3人は半ば本気だろう。笑顔の緋天と挨拶をしながら、心の中で蒼羽のいない間に少しでも自分の印象を植え付けたいと思っているのが、その必死な表情から読み取れた。

「蒼羽さんは?」

 一通り自己紹介を済ませた3人から、自分に視線を移して緋天が口を開く。

「んー、多分後から来るよ。ほら、2時から顔合わせだから。遅くてもそれに間に合うように来るはずだよ」

「そっかー・・・」

 ほんの一瞬残念そうな顔を見せて、緋天が視線を落とす。

「はい、緋天ちゃん。たんとお食べ」

 卵サンドを乗せた皿を、最近テレビで覚えた何かのセリフと共に差し出した。手早く3人にも配って、緋天の合図を待つ。

「・・・はいっ。手を合わせて下さい。いただきますっ」

「いただきます」

 すぐに笑顔に戻った緋天に続いてぱちんと手を合わせる。

「・・・それ、何ですか?」

 あっけに取られていた3人の内の1人が、意を決したように口を開いた。

「ああ。最近の流行り?食事の前のあいさつ」

 適当に答えると3人が3人とも奇妙な顔をする。

 けれども実際。最近はこれをするのが普通になっていた。昼食を食べに来る門番も、当たり前の顔をして緋天と同じ事をする蒼羽を見て、何も言えず。自分たちも緋天がいるので、同じ事をしてみせる。それが楽しいらしく、門番の間でも食事の前にこうするのが広まった。

「なんか、ベースって楽しそうでいいですねー」

 うらやましそうな表情でそう言う1人に、緋天が視線を移した。

「みなさんはいつもお昼どこで食べてるんですか?」

「えっ!?あ、大通りの屋台とか。あとはパン買って食べたりですね」

 急に緋天に話しかけられた事にうろたえて、うわずった声で答える。傍から見ていると、面白いくらいに他の2人も期待した目を緋天に向けていた。

「あー、楽しそう。屋台とか行ってみたいー」

「あ、じゃあ、今度ご一緒しませんか?なーんちゃって」

「いいんですか?」

 緋天が嬉しそうに聞き返す。冗談のつもりで言った事に思いがけず彼女が興味を示して、3人は急に色めきたつ。

 外見で威圧することのない、人当たりの良い男達を見繕ったのだ。緋天が怖気づかず、こうして言葉を交わしていられることに安堵をしつつ、蒼羽がこれを見たらどんな顔をするかと、愉快になった。

「もちろんです!お好きな所へお連れしますよ!!」

「嫌いなものとかありますか?」

「えっと・・・レバー嫌いです」

「ふむふむ」

 3人は真面目な顔で、緋天の言葉に耳を傾ける。こちらの思惑、ちょっとしたイタズラなど、気付きもせずに。

「あ、あと、お魚の苦い所とか」

「あはは、レバーは判りますけど。それ、なんか違いますよー」

「えー?そうですか?でもおいしくないで、やっ」

 楽しそうに会話が弾んでいた途中で、緋天が言葉を途切らせる。

「え?あー、蒼羽さん」

 いつの間にか緋天の後ろに蒼羽がいた。

 その手は緋天の腰に回って。額には汗がにじんで。

「・・・ベリル。今度やったらお前が大事にしまいこんでるテープ捨てるぞ」

 鋭く吐き出された言葉には反論できず、仕方なく頷く。

 思ったよりも早かった彼の登場に内心驚いたが、それを顔には出さなかった。笑顔になった緋天を目にして、やはりこの辺りで良かったのかもしれない、と思ったり。

「あーあ、短い楽園だったね。残念」

「???蒼羽さん、お昼食べた?」

 緋天が一度こちらを向いて首をかしげてから、後ろの蒼羽を振り返る。

「ん。まだ」

突然現れた、いないはずの彼にびくつく3人。

見せ付けるように緋天の頬に唇を落としてから、蒼羽は彼らを順番に軽く睨んだ。

「まあ、いいや。いっぱい作ってきたから蒼羽の分も無きにしも非ず」

 縮み上がる3人が少し可哀想に思えてそう言う。

 

 蒼羽が現れて嬉しそうにする緋天を見て、苦笑がもれた。

 結局、この娘の笑顔には勝てないのだから。

 

 

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