4.

 

中庭の、隅の。

 誰も気付かないような大きい樹の陰に、彼女が立っていた。

 

これは、何なのだろう。

これほど腹が立ったのは、緋天がセンターからの帰りに、襲われたと聞いた時以来で。それと変わらない怒りが、自分の中を巡っていた。

 

「・・・君も大人なんだし。これから一緒に仕事をしていくんだからさ。ああいう言い方、良くないんじゃないか?」

 相手がこちらに気付かない内から、その背中に声をかけた。急に話し掛けられた事に驚いたのか、びくりと肩を震わせる。

「あんな態度で、センターの奴らにも悪く思われただろうし。やりにくくなって困るのは、君の方だよ」

 

振り向きもせずに、反応を示さない。

 それが苛立ちを深める。人からはマイペースだと言われるし、自分でも短気ではないと思う。それでも、さすがにこの態度は腹が立つ。

「蒼羽を好きなのは判るけど。緋天ちゃんを悪く言うのは、筋違いだ。あの娘を傷つけるなんて、蒼羽が怒るだけで逆効果だね。それに。蒼羽だけじゃなくて、緋天ちゃんに何かしたら、私も許さない」

 昼休みの少しざわついた空気。

「・・・言い過ぎました。申し訳ありません。緋天さんにも謝罪しておきます。仕事も・・・支障ないようにやります」

 彼女が振り返る。何事もなかったかのような、無表情。

「君は・・・何なんだよ?本当に悪いと思っているの?正直、そういう風にはとても見えないね」

 こちらが怒ってみせても、ひるむ様子もない。

 まっすぐ伸びた視線の先には、何も映っていない。

「申し訳ありません。失礼します」

 あくまでも、冷静な声。

「・・・そんなんじゃ、すぐに追い出されるよ?」

 立ち去ろうとするアルジェにこの上なく怒りのボルテージも上昇する。

「・・・っ。ご忠告、ありがとうございます」

 追い出される、と言った途端、はっとした顔をして。それから元の冷たい声でそう返された。あきれるやら、腹立たしいやら、もう訳が判らなかった。

 

「ったく・・・いくら可愛くても、ああいう子とは付き合いたくないな」

 ため息と、本音が同時に出る。

 銀の髪や、白い肌や、きれいな瞳は。とても自分好みなのに。

 その性格は遠慮したい。どのみち蒼羽を好きだったようなので、彼の外見や地位しか見てないような人種なのだろう。

 明日から、彼女と顔を合わせるのがとても気が重かった。

 

 

 

 

「じゃあ、後は。緋天さんと細かい予定を決めてくれるかな。しばらくはアルジェの方を優先だね。蒼羽には悪いけど」

 オーキッドがにこやかにそう言い残して去っていった。ベリルもその後に続く。

 何がどうなっているのか判らなかった。

 昼休みにベリルがアルジェを追いかけて行った後。2人が何を話したのかは判らないけれど、憮然とした顔のベリルが口数も少なくて。蒼羽が黙ってベリルに何も聞かなかったので、自分も黙っていた。

 

アルジェの言葉に少し、傷ついたけれど。

 蒼羽が困ったように、ごめん、と何度も言うから。今はもう、そんなに気にならなかった。それに初めに見たアルジェの笑顔や柔らかな空気が彼女の本当の姿のような気がして、どうも違和感を感じたのだ。何か、もやもやとして、自分でも良く判らない気分になっている。

 オーキッドやベリル、蒼羽、それから何人かのセンターの人間を交えて、アルジェとの顔合わせが行われて。ベリルもアルジェも、笑顔を浮かべてその場を過ごしていた。穏やかな雰囲気のまま、すぐにこの集まりは解散して、最後に残されたのはアルジェ本人と、自分。そして心配顔の蒼羽。

 

「あの・・・ここはちょっと広すぎるし。私の部屋に来てもらえない?個室を貰えたのよ。まだ、全然片付けてないんだけど。お茶ぐらいはごちそうできると思う」

 おそるおそる。

 そんな感じでアルジェが口を開いた。

 水色の瞳がじっとこちらを見ていて。少し戸惑う。それでも彼女のその口調は柔らくて、なんだか安堵感をもたらした。隣の蒼羽を見ると、同じようにほっとした顔をしている。

「えっと、じゃあ。お邪魔します」

 3人で。なんとなく、小さな微笑をもらして。

 広い会議室を後にした。 

 

 

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