22.

 

「・・・ふ、っあ」

 喉の奥から甘い吐息と一緒にくぐもった声を出す緋天が、その左手をこちらの胸の上に緩くのせた。まさか緋天が、暴言を吐いたあの男に謝らせるなどと、思いも寄らなかった。それに毒気を抜かれたのは確かだが、あの場で緋天が黙っているよりは良かったのだろうと思う。

「っん」

 2人が部屋を去ってから、貪るように緋天の唇を塞いでいたので、息の続かなくなった彼女は苦しげな声を漏らす。その声にようやく自分を抑える気になって、顔を離した。事実、いくらか自分の欲望も軽減されたのだから。

「・・・平気か?」

 代わりに胸に置かれた左手を取って、その指先に唇を押し当てる。潤んだ瞳でそれをぼんやり見て、こくりと頷くのを確認した。最近緋天をゆっくりと抱きしめる時間がない。夜はまだ時間があるのだが、日のあるうち、緋天がこちらにいる間に、ゆっくりできないのだ。この部屋に連れて来たのがマルベリーであるのは気にいらないが、何にせよ、彼女が今腕の中にいるのだから、束の間の楽しみを逃す事はしない。

「・・・蒼羽さん、あのね、ちょっと、ぎゅぅ〜ってして?」

 息を整えながら、見上げてくるその視線に逆らえる人間がいるとするなら、それは何者だと心内で疑問をとなえる。緋天の背に腕を回して自分の方へと強く引き寄せた。髪にキスを落として、さらに腕に力を入れると首元に緋天が顔をうずめた。

 心臓が甘くうずく。じわじわとその痛みが全身を廻った。

 そんな感覚さえ、しばらく味わっていなかったのだと気付き、そして忙しさの中にいた自分よりも、緋天は寂しさを感じる時間が多かったのだと悟った。けれども相手を求める強さは格段に自分の方が強いと断言できるほどに。抱きしめるだけでは物足りない、と体は苦痛を訴えていた。

 少しでも飢えを満たす為に、少し体を離して緋天の目元に口付ける。閉じられたその瞼を探るように啄んだ。耳、頬、と順に移動して、柔らかな唇に到達する。笑みを漏らしたそこへ、もう一度唇を重ねた。先程よりはゆっくりと、甘美な味を堪能する。

 

「ん、ちょっと幸せかも」

 嬉しそうに呟いて、頭をこちらに預けた緋天がため息をついた。それがシャツの隙間から鎖骨の上を撫でて、容赦ない刺激へと変わる。

 わざとではないと頭では判っているのだ。それでも必死に保っていた理性の糸を切るには、それで充分だった。

「・・・緋天、少し離れる気はないか?」

「え、・・・くっついてたらダメ?」

 最後の悪足掻きにそんな事も聞いてみる。緋天が同じ部屋にいるのに、腕の中から離しておく気など初めからないのだが。どちらにせよ、本能で体は動いてしまうのだ。

 顔を離してこちらを見上げた、その不安げな目線を受け止める。この部屋に楽に入れるのはオーキッドとベリルだけだと、脳が告げて。緋天を膝の上へと引っ張り上げた。少しの背徳感とそれを大幅に上回る渇望。

「んっ、ちょ、蒼・・・っ」

 ソファの縁に緋天の頭を倒した。起き上がろうとする緋天をキスで押さえ込む。抵抗を見せるその姿すら、自分を煽る刺激となった。

 

 

 ばん!!

「蒼羽っ!久しぶり!!」

 乱暴に開け放たれた扉と。

 その横に立つ、小さな人間。それから発せられた声。

「・・・何してんの?」

 

 悪態を吐きたいのに、目を丸くする緋天をまず普通に座らせてからにしなければ、とそんな事が優先事項として頭の中で持ち上がる。のろのろと体を起こして、隣に緋天を戻す。殺してやろうか、と邪魔をした当人を、奪われた時間の恨みと共に睨み付ける。

「な、何だよぅ・・・?」

「うるさい。黙れ。お前は来る日を間違えたのか!?」

「違うよ、早く準備が出来たから、シルファ様が行ってもいいって・・・。何でそんなに怒ってるんだよー・・・」

 目を泳がせて、まだ開いたままの入り口から廊下へと後退りするのを、目で制する。

「シン・・・こっちへ来い」

 体を強張らせながら部屋の中に入ってきたシンを、緋天が頬を染めたまま興味を示して見つめた。

「ノックぐらい覚えろ。勝手に部屋に入るな」

「うぇ、何だよ、大人みたいな事言いやがって・・・」

「うるさい。殴らないだけマシだと思え」

「何でそんな機嫌悪いの?・・・それ、誰?」

 不貞腐れながら、こちらしか目に入ってなかったシンが、ようやく緋天を目にとめて。まじまじと観察する。

「緋天だ。知っているだろう?」

 本部にいたのだから、アウトサイドがこのセンターに、という話はとっくに知っているはずだ。緋天を自分が手に入れたのも。

「緋天、これが代わりの予報士になるから。まだ子供だけど」

「あ、うん。河野緋天です。よろしくね、シン君」

 微笑んで挨拶を口にした緋天に、シンは目を見開いた。

「・・・ウソだろー?何で蒼羽がこんなの相手にしてんだよ!?こんな、ちんくしゃ・・・全然ガキじゃん」

 

 

「そ、蒼羽さん・・・お願い、怒らないで」

 緋天を評するそれは、先程の男の暴言に匹敵するものなのに。湧き上がる怒りは、緋天が右腕に手を乗せたせいで逸らされた。

「もっとこう・・・メリハリのある体型の女かと思ってた」

「シン、黙れ。それ以上口にしたら本気で殴るぞ」

「うわっ・・・」

「蒼羽さん」

 ようやく口を閉じたシンを確認して、腹立ち紛れに緋天の髪を撫でる。

「・・・お前が子供だから、今は判らないだけだ。どう思おうと勝手だが緋天に少しでも傷をつけてみろ。2度と仕事を任せないからな」

「・・・・・・判ったよ」

 

「緋天、帰るぞ」

「え、うん」

 立ち上がって緋天の腰を支えて立たせる。そのまま腰に左手を残して部屋の扉へと向かった。

「ちょ、置いてくなよ!」

 慌てるシンを横目に部屋を出た。後ろから追いかけてくるのを振り返って、緋天が口を開く。

「蒼羽さん、いいの?」

「どうせついて来るんだから、放っとけ」

 それ以上気遣う必要など、どこにもない。緋天の気をこちらに向ける為にこめかみに素早く口付けた。

「今日は何してた?」

「ん、いつもと同じ。あ、お昼にね、アルジェさんがハート型のお菓子くれた。なんかね、白くてマシュマロみたいの。おいしかったよ。蒼羽さんはもう帰って大丈夫なの?」

 嬉しそうに自分を見上げるその笑顔を目に入れて、もう一度、今度は頬に口付ける。

「ああ」

「蒼羽さんっ、なんかすっごい見られてる・・・恥ずかしいからもうやめて?びっくりしてるよ、シン君」

 耳を赤く染めて、慌てた様子で緋天はまた後ろを振り返る。

「・・・お前、ほんとに蒼羽?」

「何が言いたい?」

 胡乱げな視線を、上から強く見下ろし押さえつけた。

「あ、シン君もベースに行くんでしょ?こっちおいでよ、ね?」

 緋天が左手で手招きして、足の進みを緩めた。

「別にいいよ。蒼羽が怒るし」

「蒼羽さんはそんな事で怒んないよ。一緒に行こう」

 完全に足を止めた緋天がゆっくり近付いてくるシンを待つ。緋天の横に並んだその背は、彼女よりも10cmほど低い。不満げに左を向くシンを見て微笑んでから、緋天はまた歩きだした。

「シン君はいくつ?」

「・・・12」

 

 何とか緋天が興味を持たないようにしていたつもりなのに。

 その体は自分の腕が半分捕まえているのにも関らず。案の定、緋天の視線はシンの方へ向いてしまって。もどかしさを覚えて、緋天が帰ったらやはり1発位、はたいてやろう、と。

今夜の予定を頭の中で書き換えた。

 

 

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