19.

 

「蒼羽」

 アルジェとの食事を終えてベースに戻ろうと、部屋を出た所で鋭い声に呼び止められる。廊下の奥からオーキッドが手招きをしていた。

「・・・どうだった?何か言っていたか、彼女は」

 何故彼が2人で話をしていた事を知っているのだろうかと思っていると、苦笑した顔が現れる。

「お前、モーブに食事の支度を頼んだろう?給湯室で四苦八苦してる所に会ってね。聞けば会議の前に、すでに2人分の昼食を用意するようにお前に言われた、って言って。泣きそうな顔で肉を炒めてたぞ」

 その言葉に愕然とする。自分は通りすがりの彼に、確かにそう言ったが。お前が作れ、などとは一言も口にしていないのに。適当に何か買ってくるだけで良かったのだ。

「どうりで・・・」

「それで?何かしら聞き出したのか?」

「いえ・・・何も。何かを変える気はないみたいです。シルファがそういうやり方を教えてくれたそうです・・・俺には何も言わなかったのに」

「それならそれでいいが・・・」

 言葉を濁して何かを考え込む様子に、肝心な事を聞く。

「オーキッドは気付いてたんですか?アルジェが無理してるのを」

 そう言うと、目の前の彼は眉を上げてこちらを見返した。

「私は彼女を昔から知ってたんだよ?ああなる前の彼女も。今の様子はそれに近いけれどね。もともと明るい子だったんだ。ここに来るように手配したのも私だ。・・・それにお前と何年付き合ったと思ってるんだ。あの子の方が素直な分、お前よりやりやすいよ」

 子供にするように頭に置かれた手を邪険に払う訳にもいかず。黙っていればオーキッドがまた口を開く。

「ほら、そうやって嫌そうにするだろう?緋天さんに向ける笑顔を少し外にも分ければいいんだ」

 そのまま軽く小突かれて、彼の笑顔がまた鋭いものに戻った。

「・・・まあ私も出来るだけ気をつけるようにするよ」

「ベリルが気付こうとしないんだ」

 アルジェに初めてあった日に、何を話したのかは判らないが、ベリルは彼女を嫌っている。彼なら上手くアルジェと話が出来るだろうに、何故か異様に彼女を避けるのだ。

「ああ・・・ベリルも大概頑固だからね。何か引っかかっているらしい」

 おかしな奴だ、と呟いて。奥の私室へ入るオーキッドの背中を見てから。緋天の体の痛みは引いただろうかと頭に浮かんで、大通りで薬でも買って帰ろうと足を踏み出した。

 

 

 

「あ、じゃあじゃあ、マロウさんはー・・・『誠実に佇む朝日の門番』って感じ、かな」

「あー、そんな感じですねぇ。でも良く言い過ぎですよ、それは」

「そうですか?んー・・・あっ、ベリルさんおかえりなさーい」

「先、頂いてますよー」

 ベースの中に入るなり、楽しそうな話し声が聞こえてきて。ほっとしながらカウンターに座る緋天を目に収めた。その横で2人、門番が手に持ったフォークを上げて挨拶するのに、手を上げて答えて。ソファに深く座る。

「ただいま。緋天ちゃん、お茶もらえる?」

「はーい。なんか、疲れてません?・・・蒼羽さんみたいになってる」

「あー、ほんとだ。しわ、できてますよ、ここ」

「なんかあったんスか?」

 眉間を指差してみせるクレナタに言われて、初めて自分が笑っていない事に気付いた。叔父に続いて緋天にまで蒼羽のようだと言われるとは、最近心にゆとりがないのだろうか。

「はい、どうぞ」

 心配そうにカップを手渡しに来た緋天の頭を撫でてから、その中身を口に入れる。自然な甘みと酸味がほどよく口の中で広がって。訳もなくあー、と声が出る。

「・・・こんなお茶、ここにあったっけ?」

「ありましたよ?棚の右の方にあった赤い缶のやつです」

 覚えのない味に、首をひねって棚の中身を思い出す。そして多分緋天の言うその赤い缶というのは、以前一度だけ飲んでクセのあるその味がどうも苦手でそれきり手をつけていなかった茶葉だった。

「すごいね・・・緋天ちゃんブレンドの威力は」

 今ではすっかり河野家に倣って、お茶を淹れる時は緋天に全てを任せていたが。本人も適当だと言うその混ぜ具合は神業だと思う。手にした丸いカップの淡い緑を目にして、自然と笑みがこぼれた。緋天らしい優しい色使いに、ツタ模様が縁取りされたそれは、夏にお土産だと言ってプレゼントされものだった。全く同じ型のカップの持ち主がセンターでみせた奇怪な行動が気になって、頭から離れない。

「・・・蒼羽、2時頃戻ってくるよ」

「まだ会議中ですか?」

「ううん。それは終わったんだけど、他にやる事があったみたい。緋天ちゃん、午前中の続き、やっといてくれる?」

「あー、はい」

 テーブルの上に積まれた資料とパソコンを指差してから、残りのお茶を一気に煽る。

「さてと。じゃあ、よろしくね」

「え?どこ行くんですか?」

 立ち上がってカウンターの横を抜ける。

「気になる事があるからセンターに戻るよ。じゃあね」

 後ろについてきた緋天の頭をもう一度撫でて、前を向いた。

「なんか『にこやか笑顔の影のボス』らしくないっスよ」

 左から不満顔でストックの言葉が聞こえる。

「何、それ?」

「クレナタさん達と色んな人のキャッチフレーズ?みたいのを考えてたんですよー。あたしが作ったのは『みんな大好きベースの笑顔』です」

 緋天が嬉しそうに答える。その言葉遊びにこちらの口元も緩んだ。知らず知らず、何か構えていた堅い気持ちがほぐれていく。

「ありがとう・・・なんか元気でたよ」

 本日3度目。

 つややかな黒髪のてっぺんをくしゃくしゃと乱して。

 この場に蒼羽がいないからこそできる、そんな行為で癒しを得る。

 

「行ってらっしゃい。『舞台裏の功労者』さん」

 廊下に一歩を踏み出した所で。

 背中にクレナタの声が掛かった。

 

外に出て空を仰ぐ。

息を深く吸い込んで、自分を動かすための活力を集める。

 

「・・・さて。それでは影のボスらしく、舞台裏の情報収集にでも行きますか」

 

 憎らしい程に、空は青く澄みきっていた。

 

 

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