10.

 

 頭では緋天と同じように、このまま続けられないと判っているのに、どういう訳か体が勝手に動き出して、もうどうしようもなく緋天を欲しいと思ってしまう自分がいた。

「っ、あ・・・ゃ」

 無意識に上がる甘い声を必死で抑えようとする緋天を楽しんでいると、階下で何か戸惑う声が耳に入った。

瞬時に頭は冷えて、次いで今の状況はやはりマズイと悟る。

「???」

 急に動きを止めた事に、緋天が怪訝そうな顔をする。そんな風に先をねだっているようにしか見えない表情はしないでほしい。

潤んだ瞳と上気した頬と少し乱れた髪の毛と、ボタンが半ばまで外れた空色のシャツ。

忘れかけた衝動を一気に元に戻しかけて、それと同時に絶対にこれを誰かに見せるわけにはいかないと、沸き上がった欲望を押さえつけた。

 

「・・・本当にオレらが行って怒られないですかね?」

「お前、怖いこと言うなよ!ベリルさんがいいって言うんだからいいんだろ」

「そうだけど・・・お楽しみ中だったらどうするんスか?やですよ、オレ。蒼羽さんに睨まれるの」

「・・・下にベリルさんいたんだから、そんな事する訳ないだろ。ったく。ほら、緋天さんの寝顔が見られるかも、ってはしゃいでたのはどこの誰だよ?さっさと行くぞ」

「うー、じゃあ、クレナタさん先声かけて下さい」

「うっ、仕方ねえな、行くぞ」

 

 昼食を取りにきた門番2人がベリルに頼まれたのだろう。階段の下で小さな言い争いをしているのがしっかり聞こえた。

ゆっくりとこちらへ向かう、2つの足音。

「・・・っ蒼羽さん」

 少し慌てた顔の緋天が自分を見上げていた。緋天も足音に気付いたのだろう、急いで起き上がろうとしている。

 コツコツ、と。

 控えめなノックが部屋に響いた。

「あー、えっと。蒼羽さん、起きてますか?」

 緋天が眠っている事を考慮したのか、ごくごく小さな声が扉の向こうから聞こえてきた。

「・・・ああ。すぐ行く」

 返事さえすれば彼等は階下へ戻っていく。

「え、っとですねー。なんか蒼羽さんの部屋に置くラグがさっき届いて。おれ達、ベリルさんに持ってくように言われてて・・・ドア、開けてもいいですか?」

 手をついて起き上がりかけた緋天の顔に緊張が走るのが見えた。

 一瞬自分も思考が止まる。

 緋天のこの様子を誰にも見せられない。咄嗟にベッドの背もたれに寄りかかって座り、彼女の腰を引き上げて起き上がらせる。そのまま腕の中に閉じ込めて外の2人に答えを返した。

「ああ・・・悪かったな」

 扉の開く音に緋天の背中がびくついたのが判った。髪を撫でていると、巻かれたラグを手にした彼らが部屋に入ってくる。その目は腕の中の緋天を探して、それからこちらを伺うように視線を移した。

「緋天さん、起こしちゃいました?」

 ラグを持ってくるのがついでで、本来は起こしに来るのが目的のはず。

それを忘れたかのように、申し訳なさそうな声でクレナタが言った。腕の中で首を振る緋天の耳が真っ赤になっていく。

「・・・そろそろだと思って起こした所だから。気にするな」

「あ、はい。これ、ここに置けばいいですか?」

「ん。横にしといてくれ」

 慎重な手つきで床に巻いた厚布を降ろした2人が顔を見合わせてからこちらを見る。

動かない緋天と。その緋天を抱きしめたままの自分に。下へ降りないのかという視線が突き刺さった。

「先に行っててくれ。・・・顔を洗ってから行くから。目が腫れているんだ」

 仕方なく言い訳のようにそんな言葉を出す。実際彼女の顔を見れば泣いた事など一目で判る。ただ、今はそれとは別に緋天の姿を他人に晒したくない事を、その言葉の裏に隠す。

「え、あっ、すいません!気がきかなくて!!下で待ってますっ」

 半ば苛立ちを含んでみせたその声音に気が付いたのか、それとも純粋に緋天を気遣ったのか、クレナタがぼんやりと緋天を眺めていた後輩の腕を引っ張って、扉の外へと早足で去って行った。

 

 ドアが閉められて、彼らの足音が階段を降りて行く事を確認する。腕の中から緋天を開放すると、知らず知らずの内にほっとしてため息が出た。

「び、っくりした・・・」

 同じようにため息をついた緋天がぼんやりと自分を見上げる。

どうして、こうやって自分の衝動を煽るのだろうか。たまらなく愛しさが込み上げてその柔らかい唇に口付けた。

「ん・・・」

 細い腕で抵抗するように。こちらの胸元を押し返す緋天。

「判ってるから・・・」

 一旦唇を離して緋天の言いたい言葉を先回りして押さえ込んだ。甘い感触を再び味わいながら、先程外してしまったシャツのボタンを掛け直した。なけなしの理性を総動員させて緋天から体を離す。

「下で待ってる。午後はセンターに行けそうか?」

「うん。大丈夫」

 こくりと頷いたのを確認して、靴を履く。立ち上がって振り向くと物問いたげな視線とぶつかった。

「・・・蒼羽さんは、ご飯の後、どこに行くの?」

「今日はもう何もないから寝てる」

 答えてから、しまった、と思う。

「蒼羽さん、・・・朝までずっと起きてたの?」

 案の定、しょんぼりした顔で緋天がうつむいた。

「違う。緋天のせいじゃないから。そんな顔するな」

「う、ん」

「でもセンターには一緒に行く。帰ってから昼寝して、緋天が戻ってきたら家に送る」

「え!?・・・でも、蒼羽さん疲れてるでしょ?」

 ぱっと顔を上げて一瞬嬉しそうな笑みを見せた後、すぐに眉をしかめる緋天が可愛くてどうしようもない。

「あと少し昼寝すれば充分だ。・・・それより緋天の方が疲れるかもな」

「???」

 首を傾げるその頬に軽く口付けて、今度こそ緋天から離れた。

後で意味も判るだろうけど、とりあえず今は黙っておくことにする。今日の夜は久しぶりに晴れる予定で、緋天の親もまだ帰ってこない。

 

 浮かび上がる笑みを出来るだけ抑えて扉を開けた。 

 

 

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