5.
「蒼羽さん、デザート作ったよ」
食べ終わって、片付けを終え、手にガラスの器を持ってソファに座る。
「あんなに短い間に作ったのか?」
差し出した器を見て、蒼羽は驚いた顔をする。器の中には透明のゼリー状のもの。
「そんなに驚くものじゃないのにー・・・。これはねー、くず粉を熱湯に混ぜるだけだよ。わらび餅。食べた事ある?」
「ん。ない」
「多く作ったから、ビデオと一緒にベリルさんにも持って帰ってね。食べたら作ってくれるかなー。このきな粉をかけるの」
蒼羽の器に黄土色の粉をふりかけて、彼がフォークを口に運ぶのを見守った。その反応はどうなのか、内心ものすごく怖いのだけれど。
「おいしい?」
「ん。触感が好きだ」
「ゼリーと似てるよねー。でも日本のおやつなの」
頷く彼にようやく安心する。
「短時間でこれだけ作れるのがすごいな」
「えー。なんか蒼羽さん、誤解してない?今日作ったのは、誰でも簡単にできるよー。ベリルさんのがすごいって」
「でも、美味かった」
蒼羽は惜しげもなく笑いかける。
「う、あー。また『蒼羽さんスマイル』に・・・。まぶしすぎるから駄目なのにー」
「そろそろ帰る」
テレビの天気予報が終わって、8時の時報を告げた。あまり長居するとあっけなく限界が見えてしまうのが怖くて。ソファから身を起こして言う。
「あ、もう8時だ。蒼羽さん、また来てね」
「ん」
テレビに視線を移した緋天を引き寄せて、キスを落とす。不埒な行動に移らないように、必死で自分を抑えた。
「・・・」
顔を離すと、そこには笑顔がなくて。焦って、緋天の目をのぞく。
「どうかしたのか?」
そう言った途端、緋天は笑って首を振る。
「何でもないよ?」
その目が笑っていない事に気付いて、腕に力が入った。
「・・・何でもないって・・・。何かあるんだろう?何か変だ」
何かおかしい。緋天は朝から笑っていて。ベリルとテレビの話をしていて。その前も昨日の出来事を・・・。
「・・・もしかして、昨日、何かされたのか・・・?」
びく、と緋天の体が強張るのを、力を入れていた手の平に感じた。笑って昨日の話をする彼女を見て、ほっとしていたが、心のどこかにひっかかっていた。目の前が暗くなる。
「っ!!何だ・・・何があった!?」
「・・・何もない。本当に近所の人がすぐ出てきたもん」
自分とは逆に静かな声でそう言いながらも、怯えた表情の緋天を目の当たりにして、焦燥感に煽られた。
「じゃあ何で・・・・・・」
緋天の目を見て、朝のベリルの言葉を思い出す。
「・・・一人でいたから、眠れなかったのか?」
その目が泳ぐ。
眠そうにしていたその理由は、彼女の口から出たものとは違っていた。
「何で、初めからそう言わないんだ?一人でいるのが嫌なんだろう?」
よくよく思い返せば、家に一人でいる所に緋天が自分を連れてきた事からして、おかしかったのだ。両親のいない間にそんな事をするような性格ではないのに。それだけ切羽詰まっていたのだろう。
うつむく緋天の頬に触れると、その目から涙があふれた。
彼女を問い詰めるような真似をしてしまった事にようやく気付く。緋天が今欲しているものは、そんな事ではなかったのに。
「昨日だって、電話すれば良かったんだ。すぐに来たのに・・・」
腕の中の緋天にできるだけ優しく言う。髪をなでる。
自分に何も言わなかった緋天が、とてもショックで。
心臓が締めつけられる。
「だ、って。夜だったんだ、もん。迷惑、でしょ」
「・・・そんな事。何で気にするんだ?もっと色々言ってくれないと、いつか俺の気が狂う」
「・・・ごめ、ん、なさ、い」
「お前は遠慮しすぎだ。頼むから、手の届く所にいてくれ。おかしくなりそうなんだ。今だって、体が焼かれたみたいに嫌な感じがした」
絞り出すように言葉を吐いて。それを聞いた緋天がさらに涙を落とす。それでも顔を上げて自分を見た。
「・・・なんか、変なの。この前のは、もういない、って判ってる、のに。暗い、所も、前は平気だったの、に、昨日、影から、あ、あの、変な人、が出て、きたの」
「・・・それで、怖くなったんだな?」
うつむいて、うなずく緋天を目にして唇を噛む。
「大丈夫だから。今は何もいない。今日はもう寝ろ」
「や。嫌な夢、見るから。・・・怖いよ。なんか、急に色々、怖い」
震える緋天を抱きしめるものの、涙が止まる気配がなかった。
「寝ないと、体に悪い。ちゃんと寝るまで俺がいるから。途中で起きたら呼べばいい。朝までここにいる」
「・・・蒼羽さ、ん、いて、くれるの?」
涙にぬれた顔でこちらを見上げる。緋天の目は揺れていて、自分をさらに焦らせる。これ以上、涙を落とさないように。代わりに左右の目の端にキスを落とした。
「ん。だから、もう寝ろ」
「・・・うん」
「・・・蒼羽さん」
自分の部屋で、ベッドに入った緋天が自分の名前を呼ぶ。
「何だ?」
ベッドの端に腰を下ろして、緋天の髪をなでる。
「・・・黙っててごめんね」
「それは、もういい。でも今度からは、そういう事はちゃんと言ってくれ。判らないまま過ごすなんて嫌だ」
「うん。蒼羽さんも、
「・・・持ってる。明日、番号教えるから」
「・・・眠く、なってきた・・・」
目を閉じた緋天のこめかみにキスをして、優しく言う。
「ちゃんといる。嫌な夢も見ない。何もいない。起きても一人じゃない。怖くない。目が覚めたら朝になってる」
「うん」
目を閉じたまま、少し微笑んで、緋天は返事をした。
「おやすみ」
もう一度、額にキスを落として、蒼羽は緋天が眠りにつくのをじっと待った。
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