6.
静かに寝ついたのに、緋天は夜中に2回、泣きながら目を覚ました。側にいた自分がなだめると、すぐに落ち着いてまた眠りにつく。その様子はとても不安定に見えて、一人にして帰らなくて良かったと。自分を緋天が夕食に招いた事は不幸中の幸だと思わせた。
朝の8時半に、自然に緋天は目を覚まして。身を起こそうとする彼女を支えついでに、その顔をのぞきこんだ。
「ちゃんと眠れたか?」
口を開くと緋天が顔を曇らせた。
「蒼羽さん、寝てないよね・・・ごめん」
「お前が寝てる間に寝てた。もともと5、6時間位で足りるんだ」
「本当に?無理してない?」
「ああ。それよりお前はいいのか?」
頬に手をやって、親指で唇をなぞる。少し顔色が悪かった。
「うん。・・・寝汗で気持ち悪いからお風呂入りたい。蒼羽さん、もう帰る?」
「・・・ちょっと調べたい事があるんだ。一人で平気か?」
不安げな顔をする緋天に言い聞かせるように言葉を返した。
「今日、友達と約束してるから。お母さん達が帰ってくる時間まで、その子と一緒にいる」
「何時に約束してるんだ?」
「えっと、11時」
「じゃあ、そこまで送って行くから。何かあったら電話しろ」
「うん。ありがとう・・・」
素直にうなずく緋天に、ようやく笑いかけることができた。
「センターに連絡しておいたよ。緋天ちゃん大丈夫だった?」
ベースに戻った蒼羽に、待ちかねて本題を切り出した。
「夜中に2回、泣きながら起きたんだ。すぐに落ち着くんだけど、あの時みたいに、一瞬パニックになってる」
「昨日、電話で言ってたのは確かなのか?」
「・・・ああ、多分。ずっと気になってたんだ。あの時、始めに結晶が反応した所に現れないで、緋天の所で怪物化したから。もう一度、次に怪物化したら、確かめられる」
「じゃあ、緋天ちゃんが落ち着くまでは、詳しく聞くのは待った方がいいな。そんなに怯えてるなら。あの時、君が口止めしたのも、それが原因?いつか、緋天ちゃんがこうなるって判ってたのか?」
「何もなかったら、大丈夫だと思ってたんだ。そのうち、平気になるって思ってた。だけど、一昨日ので、フラッシュバックみたいに恐怖が戻ったんだと思う」
左手の人差し指の間接を噛んで、何かを考え込む蒼羽を目にして、内心驚く。
昨日の夜も、蒼羽は冷静な声で電話をかけてきて、理路整然と、緋天の様子と自分の疑問点を口にした。それを聞いてあわてる自分に、雨が怪物化した時の今までのデータを集めたいから、先にセンターに連絡してくれ、とそう言って。
先週、緋天の事で涙を落として、さんざん自分を心配させたくせに、今はどこにもそんな影はなく、急に大人に見える。
「ご両親にも話しておいた方がいいんじゃないか?夜に不安定になるなら誰か側にいた方がいい。緋天ちゃんが気付かない内に話せるといいけど。私が行こうか?」
蒼羽が首を振って答える。
「いい。俺が説明する。ベリルはあいつを足止めしてくれないか?家の前で待って、親に会えたら連絡するから。それから20分位、緋天が家に近づかなければいい」
「緋天ちゃんが先に帰ってきたら?」
「親が家に着くのを確認するまで、帰らないって約束したから。駅で友達と待ってろ、って言ったんだ。話が長引いたら、そこにベリルが迎えに行ってくれればいいよ」
蒼羽が既に緋天の家族に話をする事も考えていた事に、またしても驚かされた。
「蒼羽。君、今、すごくかっこいいよ。・・・驚いた」
「・・・茶化すな。とにかく、今からセンターに行ってくる」
「緋天、本当に大丈夫?もう帰る?私が送ってってあげるよ?・・・徒歩だけどさ」
「ううん。蒼羽さんと約束したから、ここで待ってる。京ちゃんは暗くなる前に帰った方がいいよ」
久しぶりに会った友達は、なんだか元気がなくて。絶対に一人にできない、とそう思わせた。
「蒼羽さん、って、朝、緋天を送ってくれた人だよね。ちょっと、聞きたいの我慢してたんだけどさ、もう限界。あのかっこいい人、誰!?もう、朝からずっと気になってたんだけど!!」
なるべく楽しい話題を探して、緋天を笑わせようとしていたけれど、ここにきて、ついに好奇心に負けて聞いてしまった。
「・・・あー、やっぱり突っ込まれた。えっとね、会社の上司でね。就職したのは、前に電話で話したよね?そこの、上司」
少し笑って、『蒼羽さん』の事を話す緋天は、いつもの様子に戻ったように見えて、この話題は行ける、と思う。
「えぇ?緋天、絶対、今、なんか省略したでしょ?嘘つかないでよ!」
「う・・・。えっと、あの、えっと、あー、うー、その、・・・」
うつむいて、指を遊ばせる緋天を見て確信する。
「だー、もう!じれったい!!・・・付き合ってるんでしょ?」
「・・・うん」
緋天はうなずいて、耳を赤くする。
「いつから?何で、私に教えてくれなかったの!?私は緋天の何?」
「・・・友達。ごめん。だって両思いになったの、この前の月曜だもん」
素直に謝る緋天に苦笑して。携帯電話を取り出す。
「うーん。じゃあ、仕方ないか。よし、それなら、やっぱり、私も緋天と一緒に蒼羽さんを待たないとね!!」
家に電話をかけて、父親と話し出す。
「あ、お父さん?あのさ、昼も言ったけど、緋天の迎えが来るまで、木船駅にいるよ。うん。大丈夫。だってかっこいい彼氏が迎えに来るんだよ?私もチェックしないと。そう。だーかーらー。今日、夕飯、外で食べるって言ってたでしょ?それを、駅の前の新しくできた、イタ飯屋さんにしようよ。そう、それ、ガラス張りの。うん。じゃあ、待ってるから。来たら電話して。はいはい。判った。撮れたら撮ってみる。うん。じゃあね」
電話を終えると、緋天が不思議な顔で自分を見ていた。
「あのね、うちの家族とそこのイタ飯屋さん行く事にしたから。蒼羽さんを見たら、行くよ。つーか、うちのお父さん、緋天の彼氏が迎えに来るって言ったら、怒ってたよ。写真撮って見せろ、だって」
高校の時から、何度も自分の家に緋天を誘っていたので。そこで自分の父親が緋天を気に入って以来、やたらと父は緋天の動向を気にしていた。娘の自分よりも。
「あぁー。おじさん、怒ってた?ある意味、うちのお父さんより難関かも。でも、蒼羽さんを見たら、びっくりするね。かっこいいもん」
「こらー!何、どさくさに紛れてノロケてんの!ったくぅ。こうなったら、ばっちり、写真撮ってやる!!」
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