4.

 

「つまり、ここは全く違う異次元世界なんだよ」

「うー、じゃあ、どこに存在してるかも、判らないって事ですか?」

 今日はセンターに行かずにベースで勉強会。自分の説明に緋天が質問を次々に出す。

「地球と似たような環境である事は確かだよ?太陽もあるし、一年の周期も同じ。海もある、人種も似てる。ただ、私達はこの星がどこに位置するか判らない。地球のような技術もないし、調べようとする人間がいないだけだ」

「ええ?でもそれっておかしくないですか?だって知識や技術は穴を通って、勉強すれば済む事ですよ?戸籍を手に入れる手段があるなら、どんどんこっちに来て、好き放題できますよ」

 緋天は不思議そうな顔で言う。

「そういう事をするのは、『雨』に関する事だけ、私達に被害が及ぶのを防ぐ事だけにする、って決めてあるんだよ。正直、地球の人間は争い事が多いから、できるだけ干渉しない事にしてるんだ」

 本当の事を口に出し難くて。

「あぁー、何となく、判りました・・・。だから、穴の周りは何もないし、柵で囲んで、特別な人間しか入れないようにしてたんですね?」

「うん、ごめんね?別にアウトサイド全員が悪い人間じゃない、って判ってるけど。私達は、自分の国や領地で、普通に暮らせればそれでいいんだ。雨からみんなを守りたい奴、アウトサイドに興味のある奴らは、センターに集まる。そんな感じ」

 緋天が笑って首を振る。

「ちゃんと判ってますから。ベリルさんが謝る事ないですってば」

「まあ、穴の周りを柵で囲うのは、他にも理由があるんだ。雨が怪物化する時はね、だいたい、あの柵の範囲内だから。その中で、予報士が動きやすいように、一般人を入れてないんだよ」

 緋天は一瞬怯えた顔で、隣に座る蒼羽を見て、それから自分に視線を戻した。

「そうですよね・・・あんなのが街に出たら、大変ですよー」

 すぐに笑顔に戻って、話題を変える。

「あっ!そういえば、梅雨になったら忙しくなるから、あたしも蒼羽さんのお仕事手伝ってもいいって。オーキッドさんが、結晶も用意してくれるって言ってました。どういう事をすればいいんですか?」

 初めて聞くその話に、蒼羽を見る。蒼羽もソファから身を起こして緋天を見た。

「・・・本当に結晶を用意するって言ったのか?」

「え?うん。昨日言ってたよ?」

「う、わー・・・。何考えてんだ、叔父さんは・・・」

 額に手をやって、体をソファに沈める。

「え?え?何ですか?・・・変な事なの?」

 緋天は蒼羽を困った顔で見ていた。

「結晶を持たせるなら、アウトサイドの思念の反応を見極めさせたいんだろう。お前なら、アウトサイドの事を勉強する必要がない。すぐに使える人材だ」

「・・・え?それって・・・」

「緋天ちゃんに、予報士みたいな働きを期待してるんだろうね。すぐにでも、外で自由に動き回れるから。情報集めには最適だよ」

  

「嫌ならちゃんと言え。利用されるぞ」

 蒼羽が緋天をのぞき込む。

「うーん・・・。あのね?あたしが、オーキッドさんとか、偉い人の立場なら同じ事すると思う。だって、お金出して“仕事”って形にしてるんだもん。使う人間の特性を最大限、利用しなきゃ。だってあたしは、他に何もできる事がないもん。仕事に役立つような技術は持ってないから。せいぜい、パソコンを人並みに扱える程度」

 そんな考えに行き着く彼女がかわいかった。蒼羽も同じ事を思ったのか、眉をしかめながらも、次の瞬間には口元に笑みが浮かんでいた。

「本当に、もう。緋天ちゃんは真面目っていうか、何ていうか・・・。君の考え方には驚かされるね。もっと、偉そうにしてていいんだよ。お金だってもっと貰おうと思えば、それこそ湯水のように貰えるはずだし。それでいいの?」

「えー?だって20万も貰っておいて、何もしません、できません、じゃ真面目に働いてる人から怒られますよ。あたしはそれだけの働きをしないと、お給料を貰う資格、ないです」

「うーあー、もう。なんていい子なんだ!!蒼羽は幸せ者だ!」

 緋天の頭をなでようとして、手を伸ばすと。蒼羽が緋天を引き寄せてそれを阻んだ。

「ほら、そんな事するし。本当に蒼羽でいいの?なんか間違ってない?」

「間違ってないですよー。蒼羽さんがいいんですー」

 うれしそうにそう言って、緋天は蒼羽を見る。

「あー、なんか当てられた気がする・・・。それにしても、あんな面白いお母さんで、緋天ちゃんみたいな子が育つってのも楽しいねー」

「え?あ、そうか、ベリルさん、一回家に来たんですよね。そういえば、お母さん、ベリルさんの事、すごい好きですよー。ベリルさんとなら、浮気しても悔いはないわ、とか言っちゃって。昨日、蒼羽さんが送ってくれた時もねー、すごかったんですよー・・・」

 

 

 

 

昨日の出来事を話す緋天を見て、自分にもその笑みが移る。

 今はもう、暗い衝動が出る事もなく、自分の近くで緋天が笑っているだけで心が満たされる。毎日会えるのに、緋天が帰って行くと、それをもどかしく感じるが、先週は全く考えられなかった今の状況は、とても恵まれていると思う。できれば2人になりたいとも思うけれど。

それでも緋天が仕事と自分を割り切って考えているのが良く判るので、しばらくは彼女に合わせようと考えた。

自分でも信じられない、この心の変化は、多少戸惑うけれど、素直に従って行動すると、緋天が喜ぶ事も判ってきた。夜になると、このまま、何も壊れないように、と切実に願ってしまう自分がいた。

 

 

 

 

 

「緋天ちゃん、寝不足?目、赤くない?」

 土曜日の朝、ベースに入った緋天を見て、そんな事に気付く。

「うー。昨日の帰りにね・・・。なんか変態さんに遭遇しちゃったんですよー。その場で警察呼んで、すぐ捕まりましたけど」

「何それ!!今、緋天ちゃんち、誰もいないんだよね?大丈夫なの?」

 眠そうな目をした緋天が何でもない事のようにそう言うので、びっくりして勢い込んで声を上げてしまう。

「すぐ警察の人、来ましたよ。スピード逮捕って感じでした」

 ソファから立ち上がった蒼羽が緋天の前に回る。

「お前は何もされなかったのか?」

「平気。大声出したら、すぐ近所の人出てきたよ。だって、住宅街の中にいるんだもん。人がいない場所なら判るけど。ちょっと頭が回らなかったんだね、って警察の人、言ってた」

「はぁぁ。それは本当にマヌケな人だねー。でも何もなくて良かったよ」

 意外な結末にようやく笑みがこぼれた。

「それで、何で寝不足になるんだ?」

「え、あのね、警察の人にあれこれ質問されて、ちょっと興奮してね、だって、『踊る大捜査線』とか大好きだから、憧れだったの」

「ああ!あれは私も好きだよ!カッコいいよねー。こう、血が燃える、って感じでさー。あー、思い出したらまた見たくなった・・・」 

「家にビデオありますよー。全部録画したんです」

「えー!貸して貸して。緋天ちゃんとは、趣味が合うなぁ」

うれしそうに自分と刑事物のドラマの話を始める緋天は、いつも通りに見えて。傍で蒼羽がほっとしているのが判った。

  

 

「今日、暇だから送る」

 夕方、センターから帰ってきた緋天に向かって、蒼羽は声をかける。2人でいたいというのもあるが、今朝の話を少し気にしているのだろう。

「ええ?いいの?」

「いいんだってば。いっその事、暇な日は蒼羽を送り迎えに使いなよ」

 横から割り込んで、驚く緋天の頭をかき混ぜる。

「ついでに、蒼羽にビデオを渡してくれると、うれしいなー」

「うわ、かき混ぜられたー。あ、あとね、お父さんの『はぐれ刑事純情派』のベストセレクションのビデオもありますよー。それも見ます?」

「えっ!それもあるの?見たい見たい。あれも渋くて好きだ。じゃあ、蒼羽に渡して。蒼羽、よろしく」

「ん。行くぞ」

 蒼羽は髪を直す緋天に言って、その空いた手を取って外に出た。

 

 

 

 

「蒼羽さん、今日、家じゃなくて、そのちょっと前でいいよ」

 緋天の住む木船市に入った所で、彼女は思い出したように声を発した。

「用があるのか?」

「うん。夜ご飯の買い物に、スーパー行くの。あー、でもそしたらベリルさんのビデオ渡せないや・・・って、あ!そうだ!蒼羽さん、これからお仕事ないんだよね?」

「ああ。何もない」

「じゃあ、じゃあ、用事もない?」

「ん」

「うー、すっごくいい事思いついた!蒼羽さん、今日うちでご飯食べて行かない?」

 満面の笑顔でそう言われて。断る理由もなく。つい笑みがこぼれそうになるのを、必死で押さえて、答える。

「・・・いいのか?」

「うん。一人でご飯食べるのも淋しいし」

「じゃあ、行く」

「わーい。蒼羽さんとご飯ー。あ、じゃあ、ベリルさんに電話しないとね。えっと、携帯携帯

 カバンの中を探る緋天を、横目で見てハンドルを切った。

 

 

 

 

「何、作ろうかなー。蒼羽さん、嫌いなものある?」

 手をつないでスーパーに入って、緋天が自分を見上げた。思わずキスを落としそうになって思いとどまる。この場では彼女は絶対に嫌がるだろう。

「・・・脂身の肉」

 緋天の手にした買い物カゴを取って、答える。

「あ、ありがとう。っていうか、それじゃ、判んないー」

「何でもいい」

「んー。ベリルさんはいつも洋食っぽいよねー。和食って食べないの?」

「あいつは、食べた事のない物は作らないんだ」

「あぁ、なるほどー。あ、じゃあ、洋食だとベリルさんに負けるし・・・蒼羽さんの食べた事ないもので、おいしいものを作ろう。えーと、あー、じゃあ、お好み焼きは?食べた事ある?」

「・・・ないな」

「良かったー。お好み焼き嫌いな人、聞いた事ないし。決定だー」

 

 笑顔の緋天を連れて、買い物を済ませた。浮き足立つ気持ちを押さえ込んで、緋天の家に入る。

「蒼羽さんは、テレビとか見ててね」

 一階の居間に通されて、大人しくソファに座る。緋天がリモコンを渡して笑った。それだけで彼女を抱きしめたくなったが、それも押さえ込む。

今日は『ご飯』を食べに来ただけなのだから。

 

 

「できたー」

 20分程、内容を把握する気もなくテレビを眺めていたら緋天の声が聞こえた。

「・・・もうできたのか?」

「うん。だって、野菜とか切るだけだもん。あと、小麦粉溶いてー、山芋おろすだけ。簡単だし」

 ダイニングテーブルに、ホットプレートが乗せられていて、緋天が油を落とす。

「あとは、目の前で焼くだけでっす。蒼羽さんはそこ座ってー」

 

 

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