33.

 

「蒼、羽さん?」

深いキスを繰り返して、すっかり息が乱れた緋天が小さな声を吐き出した。とっくにその体の力は抜けていて。緋天を抱え直して目で先を促す。

「これ、以上はダメ、だ、からね・・・?」

「・・・何で外にいるんだ・・・・・・」

 まさかこんな所で緋天の肌を晒すような事はしないが、気持ち的にそうなりかけていたのは事実で。自然と大きなため息をつきながら、緋天から少し体を離す。逆にほっとした顔でその場に座り込んだ緋天が、答えを口に出した。

「蒼羽さんが、もともとここに居たんだよ?」

 そう言って自分の顔を見上げて笑う。

「って、あ、あれ!あの鳥」

 こちらの頭を通り越した先を、緋天が急に指差した。そこには草の中にじっとしている鳥。

「ああ・・・あいつか。えさをやる所だったんだ」

 人差し指を折り曲げて口へ持って行くと、そこから澄んだ音が響く。一拍置いて、ふわりと舞い上がったそれは、また静かに緋天の横へ舞い降りた。白い翼は先の方へ向かって、うっすらとその色を深い緑に変えていた。緋天と同じように見上げてくる。

「わ、あ・・・すごい。きれーい・・・」

 うっとりとした表情で、その羽を見ていた緋天がつぶやくと、鳥は首を傾けて自分の顔と緋天を交互に見やった。ポケットから金色の箱を取り出す。そこから赤い小さな木の実を手にのせて、膝をついた。指先からその実をついばんで、きゅるる、と嬉しそうに鳴く。

「この子、蒼羽さんが育ててるの?」

「いや、普段はこの辺の森にいるんだ。餌も自分で見つけられるし。この鳥は頭がいいから、俺達が連絡用に馴らしてる。雨でも飛べるし、人間が動くより断然早い」

「本当、賢そう・・・。おとなしいし」

 赤い実をついばむ鳥を見つめる緋天に目をやる。鳥に差し出していた右手を引いて、彼女に見せた。

「餌やってみるか?」

「え?いいの?」

 笑顔を浮かべる緋天にうなずいて、手の中身を移す。

「わーい。え、っと・・・名前は?」

 餌が緋天に移動したのを確認して、鳥は彼女に向き直る。

「名前・・・?そう言えば無いな・・・」

「えー?じゃあ、鳥さん。はい、どうぞ」

 きゅる、と一声鳴いてから、緋天の手に嘴をのせて同じように実を食べる。今すぐ彼女と2人だけでどこかに行きたいのに。嬉しそうな緋天を目にすれば、無理やり連れていく事もできなかった。

 

「・・・早く食べろ」

「蒼羽さん?どうしたの???」

 無意識に鋭い声が出た自分の顔に、一瞬首を向けて。その心の内を知っているかのように、何かを焦らすかのように、ゆっくりと。鳥は緋天の手から餌を食べる。最後の一粒を嘴に収めて、緋天にその羽の先と同じ深緑の目をつぶって見せてから、青い空に舞い上がる。

「すごいねー・・・。あんなにきれいな鳥初めて見た・・・」

 上を向いて、そうつぶやく緋天。その心を自分に向けたくて。細い腰に後ろから手を伸ばす。動物にさえ、緋天を取られたくないと思ってしまう、この嫉妬心。緋天が先程見せたものなど、自分に比べれば大分小さなものだ。

「っわ。蒼羽さん、何して・・・?」

 驚きの声を上げる緋天を背後から抱きしめて座る。

「・・・・・・なんかこの体勢、落ち着くかも」

 回した腕を少し引いて、背中を軽く自分の方へ傾けさせると、緋天がのんびりした声でつぶやいた。それに気を良くして、やわらかな耳たぶを口に含む。

「っやぁ。もう。蒼羽さん。ベースに帰んないの?ベリルさんが朝からいない、って言ってたけど。もしかして、ずっとここにいた?」

「ん。そうだけど?」

 首筋に向かって唇を這わせて答える。今日はもう包帯を巻いていない。なめらかな肌は、この間の欲求のかけらを思い起こさせた。

「・・・っ。だってもう3時位だよ。お腹すかない?」

「忘れてた」

 上に戻って目の端にもキスを落とす。緋天が振り向いて、抗議の視線を向けた。

「蒼羽さんとお茶しようと思って、お菓子持ってきたから。それ食べに帰ろうよ」

 

 その必死な目に微笑を返して、ひとまず諦める。

 放り出した本を拾って、緋天を引き上げた。

 

「俺の飢えを満たすのは緋天だけだから。今は我慢しておく」

 

 青い空に赤い顔の緋天。

 穴の向こうは雨だけど。明日もまた晴天になるだろう。

 

                            END.

 

 

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