32.
「どういう所かって言うと・・・その、何だ?えー、飢えた男女が集まる場所でさ。オレは結構常連ぽくなってて。で、蒼羽を顔見知りの女の子に預けた」
さらに身を引く緋天に、少し意地悪をしたくなってしまう。
「だからしょうがないんだってば。その頃は面白おかしく過ごせれば、それでいっかー、って感じだったし。実際欲望は収まるし」
晴れた空が目に入って、昼間から変な話だな、とまた苦笑がもれる。
「それに蒼羽がさ。誘えばだいたい付いてきたから。なんか嬉しかったんだよ。オレ的には、蒼羽も他人を好きになる一歩を踏み出した、って思ってたんだ」
そう言うと緋天がしょんぼりうなだれる。少しいじめすぎたと思って急いで続きを口にした。
「だけど。その内、その仲間内って言うか、女の子の間で。蒼羽の事がすごい話題になったんだ。ほら、あいつは見た目いいし。もう何人かの子と、その、まあ仲良く?してたし。それでオレも興味あって。あいつが女の子にどう接してるか。そしたらさー・・・全員が全員、無表情だって言うんだ。ヤ、じゃない、その、事を終えた後はさっさと立ち去るし、絶対話さないし。でもカッコいいし、えーと、そっちの技術もイイし。なんて言ってちょっとした人気だった」
少し緋天が顔をしかめる。
「ほとんどの女の子はそうやって騒いでたんだけど。でも1人の子が、言い出したんだ。気持ち悪い、って。あんなの人間じゃない、って。ただ自然の欲求のハケ口に、自分達を使ってるだけだ、って」
「でも、そんなの・・・」
緋天の言いたい事を引き取って続ける。
「そうだよ。オレ達だって同じだ。別に特別好きでもないけど、満たされるから、みんな集まってた。だけどその子が言うには、蒼羽はただ冷静に観察してるだけだって。どうすれば女の子が悦ぶか。それを仕掛けておいて、我を失う女の子を嘲笑って見下ろしてるだけだって」
「え・・・それって・・・」
「うん。普通の男ならありえない。だけどオレはそれを聞いて納得した。他の奴らは、その女の子の言う事を信じなかったけど。オレは蒼羽と長く付き合ってたから。妙に納得したよ。蒼羽ならそういう事しても、何にも不思議はない、って」
蒼羽の冷たい目を思い出す。
「それで一気に冷めた。後から思えば、蒼羽がそこに出入りしてたのは、オレが誘った時だけ、オレが一緒に行く時だった。他にも何人か悪仲間が誘った時があったけど、その時は一度も行ってなかったんだ」
緋天が驚いた目で自分を見る。
「蒼羽はオレに合わせてくれてたんだ。断ったらオレが嫌な思いをすると思ったんじゃないかなぁ。まあ、とにかくそれに気付いてから、そこには出入りしてないし、すごく馬鹿だった、って今ではそう思うよ」
そう言って苦笑した後は、ぼんやりとした顔でフェンネルが口を閉ざしたので。黙ってしばらく道の先を見て足を進める。
「蒼羽がずっと無表情で、緋天ちゃんに向き合う事はある?」
ふいに横から真面目な声が聞こえた。
「ない、です」
「あいつ、用がなかったら緋天ちゃんを放り出して、どこかに行く事がある?」
硬い声が身に刺さる。
「ない、です」
「そうだろ?すげー優しい仕種とか、そういうのは。緋天ちゃんにだけなんだから。この前も言ったけど。手、つないだりとか、微笑したりとか。そういうのは、あいつが自然にやってるんだ。全部。緋天ちゃんにだけ向けられてる」
急に優しい声になって、フェンネルが先を続けた。
「多分、どこかで覚えてるんだ。誰かに優しくする事。どこかで見て、それで覚えてるんだ。多分だけど・・・あいつの両親じゃないか?父親が母親にやってた事を覚えてるんだよ」
フェンネルが真面目な顔でこちらの目をしっかり捕らえる。
「だからさー、気にするのは仕方ないかもしれないけど。そういう不安は本人に解消してもらえって。緋天ちゃんが1人で悩んでも、それを見た蒼羽がおかしくなるんだってば」
その言葉に、つい笑みがこぼれる。
「なんだー、フェンさんはやっぱり蒼羽さんの事、すごい大事に思ってるでしょ?」
「なっ!!んな事ないって!!気持ち悪い事言うなよ!」
フェンネルが肩を小突いてくる。なんだか初めに会った頃より、言葉も態度も乱暴になっていたけれど。フェンネルと打ち解けた気がして、笑いが止まらなかった。
「ったく。この借りはでかいぞー、覚悟しておくように」
「いいですよ?今の話、フェンさんが教えてくれた、って蒼羽さんに言っちゃうもん」
「うわ、何だよそれ!緋天ちゃんそれだけはヤメテ!オレの命が!!」
門の所でフェンネルと別れて、丘の上のベースを目指す。
フェンネルとのやり取りが重たかった気持ちを軽くして、自然に口元が緩んだ。
蒼羽の驚いた顔が早く見たくて、足早に坂道を登っていると、目の前の道に影が落ちて、流れて行くのが見えた。目線を空に移す。青い空に、大きな翼を持った鳥が悠々と飛んでいるのが見える。ベースの近くを旋回する。
「うわ・・・おっきい鳥。何してるんだろ???」
そうつぶやいた時、きれいな高い音が聞こえた。一定の高さを保った、まるで何かの笛のような音。
それが響くと同時に、旋回を続けていた鳥が急に地上に舞い降りる。自然の音ではなかったので、鳥が着陸した所へ歩み寄った。
朝から草の中で、何をするともなしに寝転んでいる。一応、読みかけの本を持ってきたものの、集中できなくて読むのをやめた。やらなければいけない仕事は特になくて。寝ようと思って目をつぶっても、さほど眠くはないので、30分程で目が覚めた。
頭に浮かぶのは、緋天の笑顔で。どうしようもない手持ち無沙汰。
指通りのいい、長くてきれいな髪に触っていたい。柔らかな肌に口付けたい。細い体を、自分の腕の中に閉じ込めておきたい。甘く自分を呼ぶ声を、自分の為だけに奏でて欲しい。誰もいないところで、肌を赤く染めてやりたい。
明日になれば、会えると判っているのに。絶え間なく緋天の事を考えてしまう。気分を変えようと、普段から馴らしている鳥を呼び寄せた。
「あ!やっぱり!!蒼羽さんだ!!」
えさをやる為に立ち上がると、右手から声が聞こえた。この場にいる事は全く考えていなかった。だけどその存在の事ばかり考えていた。
「緋天・・・?」
あまりに驚いたせいで、一瞬頭が真っ白になる。
小走りに近付いてくる緋天を、スローモーションのように見つめていると自然に腕が伸びていた。
「ふふ。蒼羽さん、今すっごいびっくりした顔だったよ」
緋天の笑いまじりの声に、やっと我に帰る。
「なんで・・・?何かあったのか?」
「ううん。フェンさんのお家に服返しに行っただけ」
頭の上から直接響くその声に、とても満たされた気持ちになる。
「1人で行ったのか!?」
急に鋭さを含んだ声に変わった蒼羽に、体を離して笑ってみせた。
「もう平気だよ?全然怖くないから大丈夫」
「なら、いいけど・・・」
ぎゅう、と抱きしめられて、どろどろとした感情も全てが溶けていく。
「本当はね?」
「ん」
甘い声と髪をなでる手に、体の力は抜けていって。
「昨日、メールした時にね」
「ん」
耳の上に蒼羽の唇が降りる。
「なんか・・・すごく淋しかった」
ぴた、と。蒼羽の動きが止まるのを感じた。
「でも、一日会ってないだけなのに、って思って。そんな事思ったの初めてでね、どうすればいいのか判らなくて。蒼羽さんから電話きた時、すごく嬉しかったの」
素直な気持ちが、きちんと口から出てきて。ものすごくほっとする。
蒼羽はちゃんと自分を見てくれているのだと、フェンネルの話でそれが頭の中に浸透していったから。
「だけど」
緋天が続ける言葉を黙って聞く。同じような気持ちになっていた。それをどうにかして解消したかった。
「昨日から・・・ずっとね、蒼羽さんが今までに付き合った人の事とか考えてて。それですごーくどろどろした気分だったの。だから、なんかそういう風にぐるぐるしてるのが嫌で、今日、蒼羽さんに直接会いたかった」
思わず息を呑む。
頭の中を、数年前の記憶が横切る。今思えば、とんでもない事をしていた覚えがある。
「・・・どう説明すればいいか判らないけど。少し前までは・・・緋天に会うまでは、誰かを大事に思う事なんて、忘れてたんだ。そんな事、俺には必要ないと思っていたし、実際、1人で困る事なんてなかった。他人に何も求めなかったし、色々な事が俺にとっては意味を持たなかったんだ。緋天が考えつかないような、軽蔑するような事も、やってた」
少し顔をしかめた緋天を、また引き寄せる。
「どうすれば伝わる?お前だけなんだ。本当に大事に思ったのは緋天が初めてだから。今日だって、何も手に付かなかった。気が付いたら、緋天の事ばかり考えて・・・駄目なんだ、病気みたいだ」
腕の中の緋天を抱きしめるしか、気持ちを伝えられなくて。実際触れる事はできたのに、何かの焦りが背中を走った。
「・・・うん。あたしも。なんか、蒼羽さん中毒みたい」
緋天が小さく笑う気配がして、それでようやく安堵の息がもれる。
「1人で勝手に嫉妬してたら、自分が嫌になったの・・・」
「だから。そんな風に思わなくていい。不安になる必要なんてないんだ」
緋天がゆっくりとうなずいたのを確認して、キスを落とす。足りなかった何かが戻った気がして、その感触を追いかけた。
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