31.
「緋天ちゃん??どうしたの?」
日曜の昼過ぎ、緋天がベースに顔を出した。その手には大きな紙袋。
「そこの本屋さんに本買いに来て。ついでにフェンさんのお家に借りてた服返しに行こうと思ったんです」
「ああ・・・そっかそっか。あ、蒼羽は今いないよ。朝からどこかに出かけたきりなんだよね・・・」
木曜の事にはあまり触れずに、話題を蒼羽の事に刷りかえる。
「うー、残念。和菓子をね、持ってきたんですよ。一緒にお茶しようと思って。とりあえず、フェンさんの所に行ってきますね。はい、これは冷蔵庫に入れておいてもらえますか?帰ってくる頃には蒼羽さんいるかなぁ?」
笑顔のまま渡された、四角い箱を受け取って、緋天に問いかける。
「お、ありがとう。蒼羽なんか待たずに2人でお茶しようよ」
「えー?駄目ですよう」
「もう、緋天ちゃんは優しすぎ。蒼羽をあんまり甘やかさないように。あ、それより1人で大丈夫?私も行こうか?」
ふいに不安がよぎって緋天をのぞくと、首を振って答えられた。
「大丈夫ですよー?全然平気ですから。それじゃ、行ってきまーす」
「いらっしゃいませー。あ、君は蒼羽君の・・・」
「こんにちは。この間はお世話になりました」
フェンネルの家の店側の玄関を開けると、いつかと同じようにその父親が客だと思って愛想のいい笑顔を向けてくれた。
「いやいや。娘がとても喜んでいてね、君の事をしきりに聞きたがるんだ」
武器屋の主人から父親の顔へ。うれしそうに顔をほころばせて、それからいぶかしげな表情へ変わる。
「今日はどうしたのかな?蒼羽君は一緒じゃないの?」
「あ、お借りしていた服を返しに来ました。蒼羽さんは今日は朝から出かけているそうです」
「わざわざ届けてくれなくても・・・1人で来たのかい?あ、そうだ妻を呼んだ方がいいね」
フェンネルの父親はそう言いながら少し顔を曇らせて、壁際に移動して、天井からぶらさがった赤いひもを引いた。
何だろうと思っていると、奥の扉が開いてナスタチウムが顔を出す。
「はいはい、何かしら?ってあら?緋天ちゃんだわ」
「こんにちは」
挨拶をすると、笑顔になって口を開く。
「あらら、今日はどうしたの?」
「お借りしていた服を返しに・・・この間はありがとうございました」
頭を上げると、心配顔が見える。
「まぁ・・・わざわざ来てくれたの?1人で?大丈夫?」
何だか思ってた以上に、周りの人たちが心配してくれて。それが嬉しかった。
「はい。もう平気ですから。それと今日はフェ、」
「っわーい!!!お姉ちゃんだぁぁぁ!!どうしたの???」
がつ、と腰の辺りに衝撃を感じたと同時に、ディルの声が響く。
「ディル!!駄目でしょ!!いきなり人に後ろから抱きついたら。緋天ちゃん、ごめんなさいね」
ナスティが怖い顔をディルに向けてみせる。それにびくっとして、ディルが腰にしがみついたまま、おそるおそる顔を上げた。
「・・・はーい。お姉ちゃん、ごめんね?びっくりした?」
「うん。びっくりした・・・。あたしは平気だったけど、他の人にはやらない方がいいかもね?」
笑って答えてみせると、即座に可愛い笑顔を見せる。
「あ、そうだ。これ、皆で食べて下さい。えーと、アウトサイドのお菓子で。あたしの国のお菓子なんですけど」
ナスティに言ってから、ディルに四角い箱を手渡す。
「わー、お姉ちゃんありがとう」
「こっち、お茶です。濃い目に淹れたお茶で、甘いお菓子を楽しむのが、おいしいんですよー」
「まぁ、ありがとう。どんなお菓子なのかしら?なんだかわくわくするわね。そうだわ、緋天ちゃんも一緒におやつにしない?」
「あ、えっと今日はちょっとフェンさんに聞きたい事があって」
「えぇぇ?お兄ちゃんに御用?ディルと遊ぼうよう」
ディルが腕を引っ張ってくる。その可愛さに負けそうになっていると、それまでにこにこと黙っていた父親が口を開いた。
「お、うちの馬鹿息子が役に立つ時が、ようやく来たのかな?あんなので良かったら、いつでも使ってやって」
そう言いながら、また壁際に移動して先程とは別の、オレンジのひもを引っ張った。
「あのひも、何ですか?」
ナスティに問い掛けると、ディルが嬉しそうに答えた。
「呼び出しの鈴が鳴るのー。からんからん、って。色んなお部屋でね」
ものすごく嬉しそうに、ディルの言葉にうなずく父親。それを少し困り顔で見てから、ナスティが肩をすくめて苦笑していた。
「っだー、もう!!うるせー!!さっきから、ガラガラガラガラガラうるせーよ、親父!!」
勢い良くドアを開けて、フェンネルが飛び出してきた。
「ったく、普通に呼べよ・・・って、おお?緋天ちゃん?」
「えーと?それで聞きたい事って何?」
とりあえず1人で帰せないから。そうナスティもフェンネルも言い張って、ベースまで帰りがてら話をする事になった。
「あの、蒼羽さんの事で。えっと、フェンさんは蒼羽さんが今まで付き合った人がいるか知ってますか?」
にぎやかな通りをゆっくり進んでいたフェンネルが驚いた顔を見せる。
「ええ?ありえないよ、それは。あの蒼羽が。絶対ないね。何でそんな変な事聞くかなぁ?」
本当におかしそうに笑いながら、こちらの顔を見る。
「・・・うー、だって・・・。なんか蒼羽さん、慣れてるんです」
「慣れてるって?どういう事?」
赤い髪を揺らして、フェンネルが不思議そうに首を傾げる。
「え、あの、なんか・・・こう、女の子の扱い方とか。自然に腰に手回してきたり・・・うー、あー、これ以上は恥ずかしくて言えません・・・」
赤面する緋天を目の当たりにして、ようやく彼女の言いたい事を理解した。
蒼羽がこの間機嫌が良かったのはこれが原因か、と思い当たって。
「おわ、ごめんごめん。そういう事か・・・。えー?これ、言っていいのかね?あー、緋天ちゃん?」
うつむいた緋天に声をかけて、できるだけ優しく言う。
「緋天ちゃんの聞きたい事は判った。気になるなら本人から直接聞いた方がいいよ。っつっても、あの蒼羽に聞けるわけないか・・・」
「うーん、なんか色々どろどろとした感情が渦巻いて・・・。ちょっと蒼羽さんに聞きずらいんですぅぅ」
申し訳なさそうな顔をして、上目使いに自分を見る。その表情を見て、本当の事を言ったら蒼羽の事を嫌いになるのでは、と心配になる。
「あのさー?知りたい気持ちは判るよ?でも先に言っておくけど、蒼羽が本気になったのは、って言うか人間らしく接しているのは。それは緋天ちゃんが初めてだし、ものすごく大事に思ってるんだ。それだけは、ちゃんと判っておいて」
「・・・???はい」
「それから。これ聞いても蒼羽の事、誤解しないで欲しい。嫌いにならないで。緋天ちゃんと会うまでは、あいつロボットみたいなもんだったから」
「嫌いになるとか。そんな事、絶対ないですから」
きっぱり言い切る緋天を見て、とりあえず話し始める。
「じゃあ、まずは答えだけ言うけど。蒼羽はそれなりに経験もあるよ」
「・・・やっぱり」
頭の中で言葉を選んで、つぶやく緋天に説明を、弁解を始めた。何しろ自分が大きく関わる事なので。できるだけソフトな表現に留めたい。
「女の子は理解できないかもしれないけど。あー、何て言うか、オレ達男はやたら、がっついてる時がある。16位の時、悪ガキ仲間といかがわしい場所に出入りし始めて。で、その内1人で行くようにもなった。慣れてきたんだな、それなりに。えーと、それで大人ぶって、蒼羽を誘ったんだよ」
少し自分から身を引く緋天に苦笑がもれる。
「しょうがないんだよ。食欲と同じだからさー」
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