26.

 

蒼羽が見せた不安げな表情が、目に焼き付いて離れない。

 子供の頃と同じ感覚。今もまた、蒼羽の表情を見て、自分が不安にさせられた。早く緋天を見つけて、蒼羽を安心させてやりたい。

 人ごみの中を早足で進む。警備兵の詰め所に駆け込んで、事情を説明して緋天を探して欲しいと言うと、すぐに引き受けてくれた。7、8人の警備兵が散らばるのを確認してから、自宅の人間の手も借りようと思い、テント通りを抜ける。

 

 近道になる、裏路地へ入ってしばらくすると、右目の隅を2人の人影がかすめた。近所の連中しか使わないような場所に、見慣れない2人組。

 数歩進んでから、この間の連中だと気付く。狭い通りを塞ぐように、並んで立ち尽くしている。その背後には、今自分がいる通りよりもさらに薄暗い通り。

 緋天は見当たらないけれど、絶対に怪しい。何かある。

 焦る気持ちを抑えながら、警備兵を呼びに大通りへと引き返した。

       

 

 

 

必死で歯を立てた。

 その途端、男が離れる。そこには弱い者をいたぶる事への喜びの笑み。

 口の中に、血の味が広がる。目の前の男の血だと判断して、たった今、自分が何をされていたのか思い出されて、口元をぬぐう。

 

 再び首に当てられる冷たいナイフ。

 黄色い目の男と、その手下とヴァルガ。この場に残った3人の顔に、共通の下卑た笑いが浮かんだ。

       

 

 汚い。怖い。

 触らないで。

 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。

 

 シャツのボタンが引きちぎられて、何も考えられなくなった。

 

 

 

 

      

 

「おい、そこで何をしている?」

 急いで連れてきた警備兵のうちの1人が、派手な服装の2人に威圧的に声をかけた。急に現れた6人の警備兵を前に、明らかにうろたえている。

 そわそわと顔を見合わせて、それから2人が同時に後ろを気にして、ちらりと目を動かした。      

「お前達はこの前、騒ぎを起こしたばかりだろうが。何かやったら、今度こそは捕まえさせてもらうからな」

 その言葉にびくつきながらも、必死でその場を動こうとしない。

「後ろに何かあるのか?」

2人の態度をいぶかしんで、後ろにひかえていた別の警備兵が、奥の通りをのぞきこんだ。

 それに反応して、2人が立ちはだかるように手を動かす。

「おい!!何だ?何があるんだ?」

すばやく2人を押さえこんで、先頭に立っていた警備兵が先に進む。

 後に続いて自分も足を動かした。

 

「な!!何だ!!おい!何だこれ!!!」

 奥から男の慌てた叫び声が聞こえてくる。

「兄貴!!ヤバイですよ!!」

 前を歩く警備兵が、走り出した。前方の角から、スキンヘッドの大男が飛び出してきた。見覚えのある顔。

 その後ろから、黒いシャツを着た男と小柄な男が出てくる。警備兵を目にして呆然とする大男に、後ろの2人がぶつかりそうになって足を止めた。

「お前ら、」

「フェン。これは・・・ヴァルガとプロットか。何をしていた?」

 大の男が5人も集まって、何をしていたのかと。そこに緋天はいるのかと。一歩前に出て問いただそうとした瞬間、横にいた警備兵に肩を抑えられる。後で面倒になるから、一般人は余計な介入をするなと言いたいのだろう。信用を置いている人間だったので大人しく黙ると、代わりに飛び出してきた男が口を開く。

「な、んで、警備兵が・・・」

 黄色い目を見開いて、プロットと呼ばれた方が自分の肩越しを見た。

つられて振り返ると、先程よりも警備兵の数が増えている。その後ろから蒼羽が近付いてくるのが見えた。

「蒼羽?一旦戻るって・・・」

 蒼羽の眉間にしわが刻まれている。声をかけた自分を無視して、先へ進もうとした。

「蒼羽?」

「お前が予報士さんか?」

 プロットがにやついた笑みを浮かべて蒼羽に声をかけた。

「残念だったなぁ。間に合わなかった・・・。お前の大事な女は、哀れ、食われてしまいましたとさ」

 その声に蒼羽が足を止めて、打ちのめされたような顔を見せた。

 一拍おいて、蒼羽が男を押しのけて角を曲がる。

 

 

「緋天!!」

 蒼羽が地面に倒れている緋天を抱き起こす。

 

 緋天の首元に血が見えた。

 引きちぎられたシャツが目に入って、何があったのか一瞬で判ってしまう。

「・・・そう、ぅ、さ、」

 細い腕が力なく下に落ちて。

「緋天!」

 蒼羽が緋天の体を揺らす。その目は閉じられていた。

「おい!医者だ!!」

 後ろに立ち尽くしている警備兵に声をかける。

 いつの間にか、黄色い目をしたプロットも、他の2人も、左右を警備兵に押さえられていた。

 けれども、そんな事は問題でも何でもなくて。

「蒼羽、オレの家に運べ・・・。一番近い」

 振り返ると、蒼羽が立ち上がっていた。その目に暗い色が見えて、背筋が凍りつく。久しぶりに目にする、その表情。

「蒼羽・・・」

 ゆっくりと蒼羽が角を曲がる。

「おい、蒼羽・・・」

 冷たい目をした蒼羽に恐怖心を抱いて、おそるおそる声をかけた。

 

「蒼羽・・・っやめろ!」

 バン!!!

 いきなり、大きな音がして、プロットが壁に叩きつけられた。蒼羽が右手を伸ばしている。

「っがっっっ!!」

 口から血の塊を吐き出して、プロットが咳き込む。

「「兄貴!」」

 バン!!!!!!

 スキンヘッドの男と、小柄な男が同時にプロットに声をかけた瞬間、同じように2人とも壁に叩きつけられる。

 

「・・・殺す」

 蒼羽が低く言い放って、右手を直角に曲げてもう一度伸ばす。

 バン!!!!!!!!!

 壁に張りついていた3人の体が宙に浮いて、また壁に叩きつけられた。

 

 

 暗い、冷たい目。

 子供の頃から、彼のそういう目を何度となく見てきた。

その度に、蒼羽の心の奥の深い闇を取り除く事ができる人がいつか現れますように、と柄にもなく神に願って。

 緋天が蒼羽にとって、手放す事のできない存在になっていると判っていた。何しろ、蒼羽が緋天に向ける表情は、今まで自分が見た事のないものだったから。

 蒼羽がそれほどまで大事にしている緋天が傷つけられて。

 彼が激しい怒りをぶつけるのは当たり前の事だ。けれども殺してしまうのは蒼羽の立場を危うくさせる。それだけは何としても止めたい。

 

「蒼羽!!やめろ!!殺すな!」

 張り上げた自分の声に、一瞬蒼羽が視線をこちらに向ける。誰もがすくんでしまう、冷たい視線を受けて、鳥肌が立った。  

 自分の言葉に反応を示さずに、蒼羽は右手を伸ばした先、プロットが張り付いたままの壁に視線を戻した。血を口から流して、先程まで威勢の良かった3人は、もう完全に気を失っている。

警備兵は全員、蒼羽の強さを、予報士が持つ力を目の当たりにして、黙って立ち尽くしていた。

「殺すな!!もうそれで充分だ!・・・それとも、緋天ちゃんがいる前で、殺すのか!?」

 確実に蒼羽が我に返る言葉。

 緋天の名前を口に出すと、蒼羽の背中に緊張が走ったのが見えた。

「お前が人を殺したら、緋天ちゃんの側にいられない」

 静かにそう言うと、ゆっくりと、本当にゆっくりと、蒼羽が右手を下ろした。それに合わせて壁に張りついた3人も、ずるずると地面に崩れ落ちる。

 どろどろと渦巻いていた暗い思いを振り切って、蒼羽が疲れた表情で自分を見る。

「・・・フェン。悪い」

「まあ、殺したい気持ちは判るけどさ」

 蒼羽の肩を軽く叩いて、少し明るい声を出す。

「・・・先に行って、知らせといてくれるか?」

「ああ」

 気をきかせた警備兵が、どこからか持ってきた大きなタオルを受け取って、蒼羽が曲がり角の奥に消えながら言った。その背中に返事をしてから、ならず者達の怪我の程度を調べていた、知り合いの警備兵に声をかけた。

「おい、ラビ。・・・あのさ、緋天ちゃんを、・・・アウトサイドの子をとりあえずオレんちに連れてくから、何かあったら、まずオレの所に来るようにしてくれるか?あと、この事はできるだけ街の連中にもらさないようにして欲しいんだ。・・・今はまだ、蒼羽たちを刺激するような事はしたくない」

 小さな声で早口に言うと、ラビが怒ったような顔で言葉を返す。

「お前・・・何、当たり前の事言ってんだよ!?そんなにおれ達、口が軽いように見えるか?言われなくても、これはあの子を一番に考えて対処するべき事だ」

「・・・ごめん。別にお前達を軽く見てる訳じゃないけど。ほら、緋天ちゃん、有名だからさ、出来るだけ気を付けてほしいんだ」

 慌ててそう言うと、まだ険しい顔をして答えられる。

「判ってる。・・・ったく。警備兵なめんなよ!?」

「悪かったって・・・。じゃあ、後、頼むな」

 彼に背を向けて、自分の家へと駆け出した。

 その途端、緋天の傷ついた姿と蒼羽の打ちのめされた表情が、目の奥に浮かび上がって、泣きそうになってしまう。

 やっと人並みの幸せを手に入れかけた蒼羽に、どうしてこんなひどい事が起こってしまうのだろう。

「くそっ!」

 言い知れない怒りがこみあげてきて、それをどこかにやる為に足の動きを速めた。

 

  

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