24.

 

 左目の端にキスを落とすと、蒼羽が離れて背中を見せた。

 京子の言った通り、蒼羽は自分を待っているのだという、確信。

      

「おや、蒼羽もそろそろ落ち着いてきたのかな?」

微笑を浮かべてオーキッドが去って行く蒼羽を眺める。何も言えずにうつむいてしまうと、心配声が降ってくる。

「緋天さん?どうしたんだね、元気がないよ」

「あ、いえ。何でもないです。えっと、今日はどうしますか?」

「・・・ああ。ちょっと、話したい事があるから、こちらに来てくれるかな?」

 手招きされて、部屋の隅のソファに座った。向かいにオーキッドが深く腰掛ける。

「ベリルから聞いたよ。昨日一日で、もう結晶の反応を見極める事ができるなんて・・・。本当に君には驚かされる」

 ベリルと同じ、嬉しそうな表情を見せてオーキッドがまっすぐに見つめてくる。

「それで、少し考えたんだが。いや、もともと考えていたんだがね。知っての通り、蒼羽は雨の多い時期はとても忙しい。けれど、それを手伝える人材はとても少ないんだ。何故だと思う?」

 相変わらずにこにこと微笑んだままのオーキッドに、つられて口元がほころんだ。

「えーと・・・予報士になるのが難しいから、ですか?」

「うん。そうだね。予報士には様々な能力が要求されるんだ。天気を読む事から始まって、結晶の反応を見る事、情報収集力、戦闘能力。それにアウトサイドと何ひとつ変わらずに振舞える事。全てを供えていなければ予報士にはなれない。どれかひとつの能力を持っているだけでは駄目なんだ。しかも、人並み以上に優れた能力でないと認められない」

「・・・そこまでするのは、どうしてですか?」

 思っていた以上に予報士という職業が大変なものだと判って、驚きながらも蒼羽が一人でそれをこなしていた事に妙に納得した。

「ああ・・・私達はこちらの人間が自由に穴の向こうに行くのは、あまり良くないと思っているんだ。どうしても雨に触れてしまう事が増えると思うし、アウトサイドに私達の存在が知られるのも避けたいからね。できるだけ、穴を通る人数を少なくしたい。だから一人の人間に多くの能力が求められる」

 少し困った顔で問いに答えて、オーキッドが先を続けた。

「我々にとって、緋天さんは色んな意味で特別な存在なんだ。まず、アウトサイドであるのに、こちらへ来る事ができる。さらに快く、私達に協力すると言ってくれた。その上、今は結晶の反応まで覚えてしまって。それに個人的にも、蒼羽の側にいてくれる」

「え・・・それはあたしの意思ですから・・・」

「この前も言ったけれどね。蒼羽の事に関してだけでも、私は君がいてくれる事がとてもありがたいんだ。それなのに、君を利用する事ばかり思いついてしまう」

 苦笑しながらオーキッドが問いかける。

「梅雨の間だけでも、蒼羽を手伝ってくれないかな?もちろん、怪物化する雨に対処するのは蒼羽だから。むしろ、その間、緋天さんは穴の向こうに避難している方がいいかもしれない」

 一瞬顔を曇らせて、緋天はうなずいた。

「・・・はい。その辺りは蒼羽さんと相談します」

「ありがとう。・・・無理なようなら、すぐに言ってほしいんだ。緋天さんに嫌な思いはさせたくないから。よし。それじゃあ、とりあえず。今日はまた、いつもの部屋に行って。実は上の組織の人間が来ているんだよ。また同じような質問をされると思うけど・・・」

「上の組織って、えっと、政府の偉い人、みたいな感じですよね?」

「あはは、あまり気にしないでいいよ。彼らも君がどんな子か見たいだけだから。ここに来る人間を決める為にクジ引きをした、って言うぐらいだからね」

「えー!?」

「まあ、そういう事で申し訳ないけど、今日は彼らに付き合ってやって」

 驚く自分に、オーキッドが笑って片目をつぶって見せた。

 

 

 

 

「蒼羽さん、もう帰ってきてるかなぁ・・・?」

 センターのから外に出て青空を見上げた。携帯の画面を見ると4時半。今日の蒼羽は午前中少しだけセンターにいて、その後アウトサイドの様子を見に行くと言っていた。

 彼と2人で話がしたい。勇気を出して自分の気持ちを告げなければ蒼羽にいつか飽きられてしまう。昨日、京子に言われた言葉が頭の中をぐるぐると回っていて、正直、今日はあまり聞かれた質問に集中できなかった。

 ゆっくりとした歩調でテントが並ぶ通りを進む。考え事をしながら歩くと、どうしてもスピードが落ちる。夕食の買い物をしているのか、通りは朝よりも格段に大勢の人間でにぎわっていた。

 

ふと前方から歩いて来る人物と進路が重なりそうになって、一歩左に動く。すると相手も同じ方向に動いて、お互いに通せんぼをする形になってしまう。気恥ずかしくなりながら、謝罪しようと目線を相手の顔に移した。

 

にやり、と。

黄色い目をした男が口の端に嫌な笑いを浮かべていた。短く刈り込んだ褐色の髪。黒いシャツの胸元には刺青がのぞいている。この人は怖い、関わりたくない、と全身に緊張が走って。足が竦む。

 なめまわすように自分を見て、男がさらに唇をゆがませてうなずいた。

その瞬間、背中にとがった物が当たる感覚がして、思わず後ろを振り返ろうとすると、誰かに左腕をつかまれた。

 

「動くな。声も出すな」

 目の前の男が低い声を出す。いつのまにか左にぴったりと小柄な男が立っていて、腕をきつく握っている。

「少しでもおかしなマネをしたら、容赦なく刺す。判ったか?」

 にやにやした笑いを浮かべたまま、目の前の男が続けた。

「黙ってついて来るんだ。その白い肌に傷をつけたくなけりゃ、おとなしく従え」

 

 

 誰か気付いてくれないだろうか。

 こんなに人がいるのに、なんで誰も気付かないのだろう。

 

背中には刃物が当たる嫌な感触。

左側の男が肩に手を回してくる。鳥肌が立つ程の嫌悪感。

黄色い目の男が浮かべる笑いは、立ち上る恐怖をさらに煽った。

 

 

人ごみの中を、行きたくもない方向へ足を進める。

暗くて狭い、裏路地へ。

一体、この男達は何者なのか。

自分はこれから、どうなるのか。

何を、されるのだろうか。

 

  

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