13.

 

「蒼羽さん」

「ん?」

 髪をなでていた手を止めて、緋天の顔をのぞく。

「なんか・・・すごく、落ち着いた」

 ほっとした笑顔で自分を見上げていたので。ひとまず安心して、つられて笑った。

「あ、そうだ・・・あの、ね?蒼羽さん、もし、マルベリーさんが蒼羽さんの事、好きだったらどうする?」

 急に突拍子もない事を言い出した緋天に驚きながらも、真面目に答える。

「マルベリー・・・?別にどうもしない・・・と言いたいけど。正直、あまり気持ちいいものじゃないな」

「じゃあ、すっごくいい人が・・・うーん、例えばフェンさんとか。蒼羽さんの事、好きって言ったら?」

 さらに変な事を緋天が口にする。

 何をどうしたらこんな質問が飛び出してくるというのだろう。

「・・・フェン?・・・考えられないけど・・・戸惑うな。どう対応したらいいか判らない」

「でも、友達だから避けたりはしないでしょ?そのうち、恋愛対象にならない?」

「ならない。そのままだ」

 あまりに想像もしたくない事だった。きっぱりそう言うと、緋天が笑って答える。

「良かったー」

「変な事を言い出すんだな・・・。何でだ?」

「うーん。あのね?マルベリーさんが、蒼羽さんを狙ってる気がしたの」

「ありえない。むしろ狙われてるのはお前だ。気をつけろ」

 無邪気にそんな事を言い出す彼女は。きっとマルベリーの緋天の周囲をうろうろする行動に、別の方向性から疑問を感じてしまったのだ。とんでもなく外れた方向からだけれど。

良くは判らないが、彼が緋天に色のついた目線を向けている事だけは判る。

「・・・でも、怪しかった」

 ほんの少し頬を膨らませた緋天を見て。もう一度、害虫駆除に行った方が良さそうだ、と思ってから、彼女の柔らかな唇に口付ける。

「・・・ん」

 目を閉じた緋天の耳に唇を移して。甘噛みしようとしたら、電子音が鳴り響いた。

「あ、携帯」

 つぶやいて、携帯を取り出した緋天を一度離した。つい先程まで、確かに彼女は自分しか見ていなかったのに。

「はい。お母さん?・・・うん」

 邪魔をされた気がして、もう一度、緋天を引き寄せる。携帯をあてているのとは反対側の左耳を甘噛みした。

「っにゃ・・・。ううん。何でもない、よ」

 緋天の体が、びく、と反応して、さらにこめかみにキスをする。真っ赤になって、必死で電話に集中しようとする彼女がたまらなく愛しい。

「判った。い、今から行くね」

「駅まで送る」

 そろそろ自分の理性に限界を感じて、細い体から腕を離して立ち上がる。

「うー、もう、蒼羽さん・・・」

 非難の声を上げられる前に左手を差し出した。

 

 

 

 

「あぁぁ!裕一さん!見て見て、手をつないでるわぁ!あーん。素敵」

 横断歩道を渡ってくる、緋天と蒼羽を見つけて、祥子がはしゃぐ。先程見せた暗い表情は消えていた。

 蒼羽の表情がとてもやわらかくて、自分でも信じられない事に、その顔を見てとても安心してしまう。

「・・・ここまで、緋天を送ってくれたんだね。ありがとう」

「いえ。それでは僕はこれで・・・」

 微笑して、緋天の手を離すと、頭を下げて去ろうとする。

「ええ?お別れのキスはしてくれないの!?」

「な、何言ってるの、お母さん!親のいる前でそんな事するわけないよ」

「そうだ、それに蒼羽君が困ってるだろう・・・」

 いつもの調子で口を開いた祥子に、緋天は頬を染めた。その反応にほっとしつつ、何とか助け舟を出した。小さな沈黙を共有しながら、家族3人で蒼羽に注目してしまう。蒼羽は戸惑った顔を向けていた。

「・・・ご両親のお許しを頂けるなら」

 当然そのまま帰るのかと思っていたのに。その言葉に祥子が目を輝かす。

「もちろん、OKよ!!」

 同時に彼女の手が自分の背中をつねったのが判って、渋々同意した。所詮、男親なんてこんなものなのだ。

「・・・あー、かまわないよ・・・」

 そう言うと、蒼羽が微笑して、緋天の腕をつかまえて。右頬に落とされた、小さな口付け。

それにほっとすると、祥子がさらに声を上げた。

「ほっぺたじゃダメよー」

「な・・・」

 さすがにそれには反論しようとしたら、蒼羽がさらに笑って、すばやく緋天の唇にキスを落として、離れた。

 その笑みが、不覚にも自分を黙らせるには充分な威力を持った、とても優しいものだったので。

「・・・失礼します」

 あっけにとられていると、蒼羽が頭を下げて去って行った。

「ああ・・・また『蒼羽さんスマイル』になっていたわ・・・素敵」

「お母さん!何考えてるの!あたし、すごい恥ずかしかったよ!!蒼羽さんも絶対呆れてるよ!」

「何言ってるのー。蒼羽さんだって微笑んでキスしてくれたじゃない。半分イギリス人なら、どうって事ないのよ」

「・・・お父さん、何か言ってよぅ・・・」

 言いたい事は山ほどあったはずのに、祥子の言葉を聞いて、また妙に納得してしまった。

「ああ・・・ハーフだからなぁ・・・いいんじゃないかな」

「・・・もう。絶対おかしいよ」

 

 

 

 

「蒼羽」

 アーケードに入った所で、蒼羽をつかまえた。手に持ったパン屋の紙袋が音を立てる。

「・・・本当に買い物してたのか?」

「ああ、これは君達に会った時の言い訳に・・・って、そうじゃなくて!・・・大変な事が判ったよ」

 途端に蒼羽が眉間にしわを寄せて、聞き返した。

「何だ?」

「後でゆっくり話すけど・・・緋天ちゃんは小さい頃に・・・白宝山に行ってるんだ」

 蒼羽の顔をうかがいながら、おそるおそる、言葉を出した。

 今なら。緋天が関わる、今なら。

 蒼羽は落ち着いて受けとめられる、そう信じて。

「・・・・・・間違いないのか?」

 思っていた以上の、しっかりした目で、見返してきて。

「間違いない。緋天ちゃんの夢は、小さい頃の白宝山での体験だ」

 間違いであってほしい。

 蒼羽の目が、何かに願っていた。

 

 

 これは、偶然じゃない。

 緋天の運命と、蒼羽の運命は。

始めから、同じ輪の中で回っている。

 

 

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