12.
「ちょっと出るの遅かったかしら?」
祥子が車のデジタル時計を見てつぶやいた。
目の前の駅の駐車場に向かって、スピードを落としてから、時計を見ると、5時35分を示していた。
「緋天からまだ電話がないから平気だろう・・・ん?何だあれは?米軍か?久しぶりに見たなぁ」
「きゃっ!もしかしてあれは・・・ベリルさんよ!!今日は運がいいわ、朝に蒼羽さん、夕方にベリルさんよ!でもどうしたのかしら?」
駐車場の入り口で、グレイのカーゴパンツ、グレイの迷彩Tシャツを身につけた金髪の男がうろうろしていた。どこからどう見ても欧米人。隣町にあるキャンプの人間だと思ったら。助手席の妻は、彼を見てはしゃいだ声を上げた。
「ああ・・・緋天の上司だったっけ?おー、確かに祥子の言った通りだなー。かなりのイイ男だ」
折につけ聞いている、祥子による緋天の職場の人間評。目に映った彼の容姿は、映画俳優のようだった。
「でしょー?蒼羽さんはすごく綺麗な感じで、ベリルさんは頼りたくなるようなカッコ良さなのよ。タイプの違う2人が並んだ所見たいわー」
駐車場のゲートをくぐって、車を停めると、祥子が急いでドアを開けて外に出てから、声を上げる。
「ベリルさーん!!」
その声に気付いて、入り口からベリルが走って来る。
「もう緋天さんに電話してしまいましたか!!!?」
勢い込んだ様子でそう聞いて、それに圧倒された祥子が首を振る。
「いえ、まだなの・・・それより、どうしたんですか?」
「はぁぁ。良かった・・・」
そう言って、ベリルが笑って髪をかき上げる。その笑顔に祥子が見とれたのが判って、自分が少なからず嫉妬した事に苦笑がもれた。
「見苦しい所をお見せして・・・申し訳ありません。実は緋天さんのいない間に、お聞きしたい事がありまして・・・」
駅の駐車場で、緋天の両親とうまく遭遇できて、ほっとしながら話を始めた。
「あら・・・。じゃあ、また、あの子の事で?」
「ベリルさん、でしたか?緋天に聞かせたくない話なんですね?」
口々にそう言われて。緋天の頭の回転の良さは、両方の親からの遺伝だな、と思う。
「ええ。・・・あの、緋天さんが小さい頃から、同じ夢を、嫌な夢を見ている事はご存知ですか?熱を出した時や、嫌な事、悲しい事があった時に見るようですが」
2人が顔を見合わせてから、母親が口を開く。
「同じ夢だというのは知らなかったわ。小さい時はね、よく夜中に目を覚まして、わんわん泣き出すの。どうしたの?って聞いても、泣く事に集中しちゃって。それが落ち着いてから、聞いてみるとね、怖い事があって泣いていたのは判ってるんだけど、その夢は覚えてないのよ。ただもう『怖い』って感じだけを覚えてるだけで」
そう言って言葉を切ると、今度は父親が続きを引き受ける。
「病気で熱を出した時は必ずそうなっていたよ。確かに・・・嫌な事や悲しい事があると、夜に熱を出して、同じ状態になっていたな。でもそれは本当に小さい頃で。小学生の高学年になった頃には、そんなに熱を出したりしないし。風邪をひいた時くらいかな」
緋天は夢の内容をいつも無意識に忘れていたのだ。あまりに恐ろしくて。そう確信して、言葉を出す。
「最近はずっと見ていなかったようです。5年位前に見たのが最後だったと」
それを聞いて、また2人が顔を見合わせた。
「5年前って・・・」
「ああ・・・多分そうだ。・・・僕の妹が5年前に亡くなってね。緋天はかなりのショックを受けていて、だいぶ長い間ふさぎこんでいたよ」
「そう・・・それでしばらくして、同じ高校ですごくいい友達ができて。それからは元気になったわ」
「そんなに大きくなってからも嫌な夢を見てるなんて、気付かなかったよ。中学に上がる頃には、そんな事、すっかり忘れてた」
頻繁に夢を見ていたのは、やはり小さい頃だけのようだと判断する。
「この前、彼女が熱を出した時に、久しぶりに夢を見たようです。それから、昨日と、一昨日に」
「ああ!そうだわ!そうなのよ、似てるわ。小さい時に目が覚めて、怖がって怯えてた感じと同じよ」
「・・・そうだ。昨日は緋天が泣いていた事に驚いて・・・そうだよ、あの怖がり方は同じだ」
2人が呆然とした顔でうなずき合うのを見て、先を続ける。
「それで、ですね。彼女の目を覚ました時の異様な怯え方は、夢の内容に関係あるのではないか、と思いまして。今日、何かの手がかりになるかと思って、聞いてみたんです。そしたら、ぽつぽつと、内容を話し出して」
先程の緋天の様子を、思い浮かべながら言う。
「今のご両親の話で確信したのですが。小さい頃は『怖い』と判っていたから、無意識に夢の内容を忘れていたんですね。でも、大きくなった今は、特に2日続けて見た今は。それを思い出しやすくなっていた」
母親が不安そうな顔で、父親の顔を見上げた。
「話し出したら、急に目が虚ろになって。多分、現実ではなくて、夢の中に入っていたと思います。・・・それで、何かに追いかけられているらしく。『お父さんはどこにいるの』『お兄ちゃんの所に戻ったら教えてくれる』『これを見せたらみんなほめてくれる』『面白いのみつけた』と言っていたんです。これは、もしかしたら、小さい頃の体験ではないかと・・・」
厳しい顔になって、黙り込んだ父親に、母親が声をかけた。
「あの子が小さい頃に、はぐれた事なんて・・・あの時しかないわ」
「もしこれが・・・小さい頃の体験なら。その直後から夢を見始めたはずです。・・・何か覚えがあるんですね?」
「何もなかったと・・・そう思っていた。無傷で見つかったから」
さらに厳しい顔になった父親が、言葉を続けた。
「山に遊びに行って・・・一時間位、あの子が見つからなかった事がある。小さな子がそんなに遠くに行けるはずがないのに、どこを探しても見つからないんだ。焦り始めた頃に、何度も見ていたはずの場所に、緋天がいた。眠っていて。通り雨が上がって、晴れていた。その間、探していた僕らは、そんなにぬれていないのに、あの子は全身ずぶぬれで」
「近くに川があったから・・・そこに一度落ちて、自分で上がってきたのかと思ったわ。目が覚めてから、何があったか聞いても、判らない、覚えてない、って言ったから。珍しい石を見つけた、って言ってご機嫌だったの。無理して、聞き出さなくてもいいと思って、それきりに」
「あの・・・言いにくいのですが・・・その時に、何か怖い思いをしたのだと思います。緋天さんが追いかけられる、と言った後に、急に泣きながら怯えだして。我に返った後は、その事をきれいに忘れたみたいに振舞っていて。多分、今はまた、夢の内容を忘れていると思います。でもやはり、『怖い』と感じていたみたいで。蒼羽に会ったら、真っ先に駆け寄っていました」
ベリルが静かに告げるそれに、隣に立つ祥子が暗い顔になる。
「多分・・・ご家族や、蒼羽が側にいないと、夢を見て目が覚めた時はとても不安になるんだと思います」
「今は、蒼羽君がついていてくれてるんだね?」
「ええ」
緋天の傍に蒼羽がいると聞いて、少しばかりほっとする。今朝の2人の様子を見ていた限りでは、それが最善の策のような気がしていたから。自分の心情を理解したのか、目の前のベリルも微笑を浮かべていた。
「ありがとう・・・わざわざ知らせてくれて。今日もあの子の側にいた方が良さそうだ・・・」
「・・・場所は。場所はどこですか?その、遊びに行った山の名前は?」
「ああ・・・白宝山だよ」
ふいに何かを思いついた顔になって、ベリルが口を開いた。
当時、仕事の都合で住んでいた所は、他県で。良く家族でその山に遊びに行っていたのだ。懐かしくなっていると、それを聞いたベリルは目を見開いて、自分を見る。
「それは・・・確かですか・・・!?K県の白宝山ですか?」
打ちのめされた様な顔で、そう聞き返された。
「間違いない。・・・何か思いついた事が?」
「・・・いえ、少し気になったので。あの、しばらくはこのままで、様子を見た方がいいと思います。こちらも昼間はできるだけ、蒼羽に側にいさせるようにしますので」
「ああ、本当に・・・ありがとうございます。ここまでお気遣い頂いて・・・」
ただの会社の上司が、緋天を気にしてくれた事に感謝して、自然と頭が下がった。
「いえ。何かありましたら、遠慮なくお電話下さい」
微笑んでそう言って。携帯の番号を伝えて、ベリルは去って行った。
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