10.

 

部屋の隅に進むオーキッドについて、足を進めた。応接スペースのソファに座るように示されて、それに従う。

 オーキッドが黒いジャケットの内側に手を入れて、小さな金属の箱を取り出す。そのふたを開けてから箱ごと自分へ差し出した。

「君の結晶だよ。そうだな、しばらくは蒼羽と一緒にいて、反応の区別を教わるといい」

 箱の中に目を落とすと、そこには蒼羽の結晶よりひとまわり小さい物が収まっていた。底辺にはめられた、銀色の土台も、そこにつなげられた鎖も同じで、そんな事が自分をうれしくさせる。

「いつも身に付けておいて。慣れると、いちいち目にしなくても結晶が反応するのが判るんだ」

 その言葉に、蒼羽が駅前で結晶の反応に気付いた姿を思い出した。顔をしかめながら、彼はTシャツから結晶を取り出してその色を確認していた。

 鎖を手にして、蒼羽と同じ様に首にかけようとする。そこで、ふと、いつも自分が首に下げている、お守りの存在を思い出して。

「あー、オーキッドさん、この結晶と一緒に、別の物を鎖に通してても大丈夫ですよね?」

 言いながら、シャツの中の小さい頃から持っているお守りを引っ張り出して、オーキッドに見せた。

「ああ、一緒に付けててもかまわないよ」

「良かったー。これ、お守りなんです。持ってないと変な感じがするんですよ」

「おや、面白い石だね。ちょっと見せてくれるかな?」

「はい。どうぞー」

首にかけていた鎖から、お守りにしている石を外してオーキッドに手渡す。

 水滴の形に磨いた透明の石の中に、薄赤い小さな丸い石が原石のまま閉じ込められているそれを見て、彼は嬉しそうに目を見開く。

「これは、何の石かな?私は地球の鉱物はあまり良く知らないんだ」

 オーキッドが石を眺めながら、聞いてくる。

「あ、その周りの透明な部分は水晶なんですけど。中に入ってるのは判らないんです。取り出さないと、詳しく調べられないみたいで」

「それじゃあ、これは自然の物なんだね・・・。緋天さんは、珍しい物を持っているね」

「それ、実は、小さい頃に拾った物なんです。最初は、その水晶も、磨かれていなくて、もう少し違う形で。いつまでも私が持ち続けてるのを見て、兄が石を加工しているお店に頼んで、きれいにしてもらったんですよ。もっと、汚かったんです、始めは」

 ずっと捨てられなかった。気付けばいつでも取り出せるところに置いていて、身に着けていないと落ち着かない。

「私も小さい頃は、良く、拾い物を大事に取っていたよ。でも、ここまで面白い物を拾った事はないなぁ」

 オーキッドがもう一度、羨ましそうに石を見て、手渡してくる。それを結晶につなげた鎖に通して、自分の首にかける。

 

「叔父さん、ちょっといいですかー?って、あ、緋天ちゃん」

 ベリルが衝立の横から顔をのぞかせて、オーキッドを見てから、こちらに気付いた。

「ベリル・・・?どうしたんだ?」

「ちょっと、急いで話したい事があったんですが。緋天ちゃんの用事は終わりました?」

「ああ、終わったよ。緋天さん、いつもの部屋に行ってくれるかな」

「はい」

 ソファから立ち上がったところで、ベリルが右手を上げて引き止めた。

 そこには心配そうな顔。

「緋天ちゃん、今日の帰り、私と帰ろう。迎えに行くからちゃんと待っててね」

 蒼羽から、話を聞いているのだろうと思っていたが。やはりそうだったみたいで。

 何となく、気恥ずかしくなってうつむいてしまう。心配を重ねる彼らに感謝の意を伝える為に、できるだけ明るい声を出した。

「はい。蒼羽さんとも約束したから、ちゃんと待ってますよー」

「よし。じゃあ、後でね」

 

 

 

 

 緋天の背中を見送ってから、同じように隣で彼女を見送るベリルに問い掛けた。

「昨日の事は確かなのか?その話をしに来たんだろう?」

「私も早くそれを確かめた方がいいと思ったんですよ。それに今の緋天ちゃんの状態を何とかしてあげたい、って蒼羽が嘆くものですから」

「今は普通に見えたけれど・・・」

 結晶を手にしていた時の、嬉しそうな笑顔。お守りだという石を説明するその様子。それは、昨日ベリルから緊急だと言って報告された、彼女の状態とは違うように感じたのだが。

 小さな息をひとつ吐いてから。ベリルは静かに声を出す。

「ええ。昼間はね、割と落ち着いているんですが。夜に不安定に。私達はその状態を見ていませんから、何とも言えないんですけど。蒼羽が言うには、一時パニックになって、異様に怯えるそうです」

 彼の様子は至って真剣で。普段笑顔でいる事の方が多い甥だけに、これは重要事項なのだと身が引き締まる。

 

「それで。君は何をしようとしているんだ?」

 まさか現状報告の為だけに、直接出向いた訳ではあるまいと。本題を切り出す。

返ってきたのは、口の端を上げてにやりとした笑みと。

「判りましたか?明日の雨にちょっと細工をしようかと。彼女をここに連れてきて、雨がどこで怪物化するかを確かめたいんですよ。叔父さんの許可がないと実行するのは無理ですが・・・」

 唐突な、認可し難いその言葉。

 自然と持ち上がった右手で顎をさする。きっと今、自分の表情は苦いものでいっぱいなのだと思う。

「・・・先延ばしにしても、緋天ちゃんがいつかまた、似たような状況に陥るだけですよ。あの娘がこのまま、こちらに出入りするなら、どのみち確かめなければいけない。それとも、彼女を蒼羽から引き離しますか?2度とこちらに来ないように。それでも向こう側で会う事ができますが。そうすると、今度は蒼羽が向こうに行ってしまうんじゃないかな。蒼羽が手に入れた安息を簡単に手放すとは思えない」

 追い討ちをかけるように、ベリルは次々と言葉を吐いた。

 にこやかな笑みを浮かべるくせに、彼は充分、自分と同じ種類の人間なのだ。自分が仕込んだとはいえ、それをこちらに実践してみせなくてもいいのに、と頭を抱えたくなる。

「君は・・・よくそんな事を思いつくな・・・。いつか処分されるぞ」

 それを聞いてベリルが笑い出す。

「全く同じ事を蒼羽に言われましたよ。でも確かめないと。明日はそれをするのに最適ですよ」

「蒼羽は納得したんだな?・・・仕方がない。今日は全員残業だ」

 実際はもう既に答えは出していたのだが。ベリルの言う通り、これは今すべき事だと頭は判断を下しているのだが。蒼羽が認めたからという事を決定打にしたかのように振舞ってみる。

「さすが叔父さん。午後から会議室に各部署の責任者を集めて下さい。私が説明します。叔父さんは反対する人を睨んでくれればいいですよ」

 

「・・・今からだ。すぐにやらないと追いつかない。・・・全く。あまりに破天荒がすぎると、姉上に報告するぞ」

 ため息をつきながら、お前は詰めが甘いと楔を打ち込む。

「あぁぁ。お願いですから、それだけはやめて下さい」

 本気で嫌そうな顔をするベリルを目にして、苦笑がもれる。

我が甥ながら、末恐ろしい奴だと。口にするのはまた別の機会にしておくことにした。

 

 

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