9.

 

 こちらの笑みを目にして、つられたように緋天も笑ってから問い掛ける。

「これで終わっちゃうんですか?なんか中途半端ですよ?」

「昔の話はおしまい。不思議な世界の現在の話がまだあるんだ。最初に長い話って言ったでしょ」

「はーい。どうぞ」

 また笑って、緋天は身構える。自分が出した笑みに無邪気に笑う彼女を見て、少し胸が痛んだ。

「何年も、何百年も経った今は。向こう側の雨がいつ穴を通ってくるか判るようになった。だから向こうの雨が来る時だけ、気をつけてれば普段通り生活ができる。穴の向こうの世界について、詳しい事が判ったし、言葉も判るようになった。雨についても研究が進んだ。本当に気をつける事は、雨に触れないようにするだけ」

 

 

 よかった、と緋天がため息をつく。

「でもそれで安全になったわけじゃない。さっきの昔話の変なモノ。あれが時々現れるんだ、雨と一緒に。結晶が残ったから、それについても判った事がある。雨と変なモノと結晶の関係について、今ではちゃんと判ってるんだ。だから雨を避けられる」

 右手を上げて、順番に指を折る。

「@向こうの人間の強い思念が、雨に混じってこちらへ流れてくる事。こちらの人間が雨に触れて狂うのは、この思念のせいだ。A思念が特に強い時に、雨が変なモノに変わる時がある事。B変なモノを倒した後の結晶。この結晶を持っていたら、向こうの雨に触れても平気だという事」

「じゃあ、結晶を持っていたら、また穴の向こうに行って、探索できますね。おかしくならないなら」

 うれしそうにそう言う彼女を見て、小さな罪悪感が湧き上がる。どうしてそう無邪気に笑えるのだろうか。そんな疑問を押し込めて、同じ様に笑ってうなずいた。

「そうだ。猟師が手に入れた結晶のおかげで、こういう事が判ったんだ。今では、向こうに行って雨が降るのを予測して、皆に知らせる。変なモノが現れた時に、待ち伏せして倒す。一連の作業をこなす、特別な人がいるんだ」

 

 

「そんなに頻繁に雨が流れてくるんですか?」

緋天が困った顔でベリルを見た。その理解の深さに面食らった。話の内容に一喜一憂して聞いている子供だと思っていたのに、しっかりと彼女の頭の中では整理が済んでいるらしい。

「・・・君は頭の回転が速いね。実は、始めに穴が開いた時から、100年位かけて、いくつも別の穴が、ぽつぽつ開きだしたんだ。その世界のいろんな場所にね。どうして開いたのかは今では判らないんだ。でも新種の石を発見してどうこうした、って話は一つもない。いつのまにか、ゆがみが、穴ができていた、っていう話ばかりで。さっきも言った通り、今は雨に対処する、特別な人達がいるから。みんなほとんど普通の生活をしてる。はい、これで現在の話は終わり」

 

一気にそう言うと、ようやく一息つけた気がした。

 

「これで、終わりですか?まだ続きがあるんですよね?」

 

少し硬い顔をして自分を見ている緋天。

どうやら自分は彼女の外見に惑わされて、随分と侮っていたらしい。緋天の顔には緊張が走っているが、ここからが本番だという事を間違いなく認識しているようだった。

「・・・変だと思う?こういう変な話を、大の大人がしてるから」

 つられて表情がこわばって、自然と目が緋天から蒼羽に移動する。蒼羽がソファに座り直したのが見えた。

「・・・変だと思う、っていうよりも。ずっと変だと思ってました。蒼羽さんが。蒼羽さんがあたしに声をかけた時から。ずっと」

 

 

 緋天がまっすぐに自分を見てそう言って。次の言葉を続ける決心がついた。この娘は自分の話を馬鹿にしたりしないんだろうな、と思って。

「・・・ここが。この家が穴の入り口だとしたら、どうする?」

目を見開いて。自分と蒼羽を順番に見て。それから店の中を見回す。驚いてはいるけれど、笑って馬鹿にしたりしない。その様子がとても嬉しくて。先を続ける。ひと息に言ってしまう。

「そして、雨に対処する、特別な人間がここにいる。それが蒼羽だ。私はそのサポート役。こういう話をするのは。今、今ありえない事が起こっているから。向こうの世界の人間は穴が見えない。それなのに穴の中にいる人間がいる。異常事態だ。前例がない。緋天ちゃん。君だよ。君は向こうの世界の人間だ」

 

 

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