7.

     

白い陶器のポットとマグカップをトレイにのせて、緑色のソファを指し示す。

「緋天ちゃん、あっちのソファに移動。好きな所に座って」

 食事をしながら他の話題も織りまぜて、緋天の住所を聞き出した。ありえないと思っていた事が現実に起きている事を確信した。

 テレビを囲んだ3つあるソファ。その真ん中に座った緋天の背中を見て、頭の中身を整理する。すでに左のソファに座って腕を組んでいる蒼羽。その眉間にまたしわが寄っている。

「えーと、今からするのは不思議な世界の話。落ち着いて聞いてくれる?」

 右のソファに座って、ポットからカップに紅茶を落としながら緋天の目を見た。その目が少し泳いでから、彼女は自分の目をしっかり見返した。

 

 

 その世界はね、と話を切り出す。おとぎ話を語るように。

「その世界の人たちは、便利な石を生活の中で使っているんだ。そうだな、料理に役立つ、熱を発する石とか。灯りに使える石とかね」

「電気とかの変わりですか?」

「うん、そう。文明の変わりに便利な石があるんだ。誰でも使える。たくさん種類がある。そういう石がごろごろしてて。ある時、誰も知らない石が見つかった。新種だ。どういう力を持っているか判らない。緋天ちゃんならどうする?」

 緋天は首を傾けて、楽しそうに笑う。

「うーん。とりあえず誰もいない所で投げてみるかな?何が起こるか判らないし」

「正しい選択だね。その石を見つけたのはね、狩に出ていた猟師たちだったんだ。知らない石だから、村のもの知りに聞こうと思って、別の石と同じ袋にいれておいた。そして、狩が終わった帰り道、雨が降り出した。猟師たちは早く家に帰ろうとして、いつもよりも早いスピードで歩いていたんだ」

 少し険しい顔を緋天に見せてから、カップを傾けてのどを潤す。柄にもなく、緊張していた。

「足場の悪い岩場で、一人が足を滑らせた。他の猟師が助ける間もなく、その岩場をどんどん転がり落ちて。最後に大きな岩にたたきつけられて、止まった」

緋天の顔が曇る。

「その運の悪い人は、新しい石を見つけた猟師だった。腰に付けた袋に他の石と一緒に入れておいた。岩にたたきつけられた時に、その袋も衝撃を受けた。他の猟師が我に帰って、助けようと足を動かした時。倒れた猟師がいる岩が、急にねじれたように見えた」

「ねじれ?」

「そう、ねじれ。ゆらゆらしてるようにも見えた。とにかくそのねじれが大きくなって、ねじれの向こう側に違う景色が見えた。岩に穴が開いて、その向こうに森が見える。変だと思うでしょ?」

「・・・はい」

「猟師たちはもう本当にびっくりして、急いで村に帰った。穴の前に倒れた仲間が、亡くなってる事を確かめて。村の人間も大騒ぎだ。とりあえずその猟師たちと村長と、村のもの知りと数名の若者が、穴を調べるようと出かけた。もの知りもそれが何なのか判らない。その日は穴に手を出さず亡くなった猟師を運ぶだけにした」

 視線を手の中のカップに落とす。小さな頃から知っている話のおさらい。だから、すらすらと言葉が出てきた。

「村に着いて亡くなった猟師の持ち物を、家族に帰そうと衣服を改めていたら、腰の袋から石が全部消えていた。一緒にいた猟師は、穴が開いた原因を悟った。村長ともの知りに相談して、次の日、その穴を調べにまた出かけたんだ。穴の向こうには相変わらず森が見えている。誰かが向こう側に行けそうだ、と言って手を伸ばした。その手が岩の中に入って、全員驚く。そして、ついに穴の向こう側に入った。森の中に村長以外の全員が出た。振り返ると大きな木に、岩と同じように穴が開いていて、村長が見える。すぐに木の穴から村長の所に戻れると判って、その日は戻る事にした」

 

 

顔を上げると、緋天が自分を見て先をうながしている。真面目に聞いているのがおかしくて、笑みがこぼれた。

「何日か穴の向こうの探索が続いた。穴自体には危険がない事が判ったから、若者はみんな穴の向こうを探った。そこでいくつかの事が判る。@ 森はあまり大きくなくて、森が途切れた所に集落がある事。Aその集落には自分たちと違う服を着た人間がいて、家や道具も珍しい。Bその人間は違う言葉を使う。C向こうの人間はどうやら木の穴が見えないらしい」

 不思議そうな顔をして緋天が言った。

「どうして言葉が違うのに、向こうの人が穴が見えない事が判ったんですか?」

「それはね、ある日いつものように穴を出た若者が、向こうの人間が森にいるのを見てね。勇気を出して身振り手振りで話そうとしたんだ。そしたらいきなり矢を向けられて、急いで穴に戻ったら、追いかけてきた男が急に穴の前で不思議な顔をしてうろうろしてた。それで、向こうの人間に穴が見えないことが判った」

 緋天が嬉しそうに言う。

「じゃあ安心して探索ができますね。いざとなったら穴に戻れるから」

 蒼羽に目を向ける。ずっと黙っていたその顔は、相変わらず眉間にしわ。

 

 

「・・・それが安心して探索できなくなったんだ。向こう側にはこちらの人間の天敵になる物があった」

 

   

              小説目次     

 

 

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送