41.
「それでね、『お前、手、出すなよ』って。あれは、かなり、かっこよかったですよー」
顔馴染の門番が、勤務が終わって、意気揚々と自分に報告しにきてくれた。朝の蒼羽の行動を、昼休みに言いたかったが、当の本人がいたので、ずっと我慢していたらしい。
「あはは。私がハッパかけたんだよ。すぐに反応して面白いなー」
ぱたん、と玄関の扉が閉まる音がした。
「あ、噂をすれば。帰ってきたみたいだね」
門番が奥の廊下をのぞいて、口を開いた。
「あれ?緋天さん、どうしたんですか、顔。真っ赤ですよ?」
その言葉に緋天を見る。かわいそうな位に頬が赤く染まっていた。思わず、からかいの言葉を投げる。
「どうしたの?蒼羽になんかされた?」
緋天は自分を見上げると、ますます赤くなる。
「かっ、」
「ええ?図星?・・・どうしよう。何された?」
「か、」
「緋天ちゃーん?『か』って何?おーい?」
「・・・髪に、キスされたっ・・・こ、これって、あいさつデスか?」
すがるように、緋天は細い声を出す。
彼女は自分で自分の気持ちに気付いているのかと。そう思っていたのに。
どうやら誤算だったようだ。
「緋天ちゃん・・・・・・。そうだ、君が、この前、同級生に髪を触られた時、どう思った?」
「・・・別に、何も」
うつむきながら、緋天は答える。
「じゃあ、蒼羽は?その同級生と同じ?別に何も感じない?どうでもいい?それともすごく嫌な感じがした?」
下を向いたその顔が、必死で首を横に振って否定の声を上げた。
「そっ、どうでもいいなんて思ってません!それに、嫌な感じなんて、して、ない、で、す・・・」
「なら、答えは判ってるんじゃない?さあ。蒼羽を探してきて。多分、その辺でふてくされてると思うから」
「・・・はい」
彼が、初めて自分の名前を呼んだ時。
怖くて。怖くてたまらなくて。
それなのに、自分で抜け出せなかった暗闇の中に、光が差した。
優しくなだめてくれた、その声も。
背中をそっとなでてくれた、その手も。
全てが自分に安らぎを与えてくれて、涙がこぼれて止まらなかった。
いつまでも、蒼羽の腕に、包まれていたい、とさえ思った。
どこまでも、優しいあの人は、この気持ちを察しているだろうか。
「いやー、びっくりしましたねぇ。蒼羽さんって意外と手が早いなぁ。なんか、ゆっくり見守るって感じだったから」
門番が、心底驚いた、という顔で自分を見た。
「まあねえ、緋天ちゃんってモテるくせに鈍そうだし。だから落ち着いて見守るなんて事、出来なくなったんじゃないかな? 私がけしかけたせいもあるけど」
「あぁぁ。これからどうなるんだろう?なんか微笑ましいですねー」
にこにこしながら、門番が言う。
「君、見たいよね?そうだよね?」
ある事を思いついて、共犯になりそうな目の前の人間を誘う。
「えええ!!何言ってるんですか!そんな事・・・見たいです」
「さあさあ!!2階に行こう!きれいな夕焼けを見に!!」
「はい!!どこまでも貴方について行きます!!」
「良く言ったね!!・・・これで共犯だ」
「う・・・判ってますよー。でもそんな近くに蒼羽さんいるかな?」
門番がいぶかしげな声を出した。
「大丈夫!!蒼羽が一人になりたい時は、いつも近くで寝転がってるんだ。2階の窓から見える!!」
「おお!さすがベリルさん!!」
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