39.

 

「帰るぞ」

 センターで帰り仕度をする緋天に、蒼羽が呼びかける。

「わっ!蒼羽さん。びっくりしたー。朝もびっくりしたけど」

「おや、蒼羽。緋天さんを迎えにきたのか?」

 朝、蒼羽がセンターに緋天を送ってきて、緋天を眺める若者全員に睨みをきかせて帰っていった、というニュースが自分の耳にも入っていた。蒼羽が緋天のおかげでだいぶ変わったと、ベリルから聞かされていたので、どうしても笑いがこぼれてしまう。

「ベリルから買い物も頼まれてるので。ついでに」

 しらじらしく言う蒼羽が、とてもおかしくて。もう笑いを押さえる事が出来なかった。

「オーキッドさん?どうしたんですか?いきなり笑い出して。あっ!そうだ、害虫駆除、うまくいきました?」

「・・・ああ。だいぶ減った。あとはしばらく様子をみる」

「害虫・・・?ああ!そうか!ぶっ!!蒼羽、君は・・・もう、あはは、あー駄目だ、笑いすぎてどうにかなりそうだ・・・」

 害虫とはおそらく。緋天に手を出そうとする若者達の事で。

 蒼羽が裏で必死に彼らに牽制しているなどと、純粋な彼女は少しも気付いていない。

「ええ?オーキッドさん???何でそんなに笑ってるんですか!?」

笑い続ける自分に困惑する緋天を見て、蒼羽は言う。

「・・・とりあえず放っとけ。帰るぞ」

「うーん。はい。・・・じゃあ失礼しまーす」

 

 

 

 

「買い物ってなんですか?」

 街の大通りに入って、黙って歩く蒼羽に聞いた。歩幅はしっかり自分に合わせてくれていた。

「ベリルが注文していた包丁を取りに行く」

そう答えて、蒼羽は立ち並ぶテントの合間を抜けて、細い小道に入った。そのまままっすぐ進むと、突き当たりの大きな家の前で止まる。

「いらっしゃいませー。あ、蒼羽君」

 扉を開けて2人が中に入ると、中年の太った男が蒼羽に声をかける。家の中はとても広く、玄関の正面にどっしりしたテーブルが置かれていた。その奥に衝立があって、向こう側からざわざわと、多くの人間がいる音がした。

「ちょっと待って下さいよー。今持ってくるから」

 

「親父ぃ、あのさー、っと、蒼羽じゃん」

 背後の扉が開いて、赤い髪の男が蒼羽に声をかけた。

「あ、アクセサリー屋の人だ。こんにちは」

 見覚えのあるその顔に、あいさつをすると。

「お、おお!!君は・・・この前のアウトサイドの娘だ!いやー、あの時は蒼羽、大活躍だったなぁ」

 自分と蒼羽の顔を見比べて、男は言う。

「お前、ベリルさんの包丁取りに来たんだろ?なんか、親父がこの前のバングルの調整したいって言ってたから、多分長くなるぜぇ。だからさー、その間、この娘ちょっと借りていい?」

「何でだ?」

 蒼羽が半ば睨みながら、男に答えた。

「おわっ!怖いなぁ、睨むなって。いや、ちょっとオレの作った指輪とか見て欲しいんだ。この前、君、手作りっぽい指輪してたでしょ?あれ、かなりセンス良かったから、オレのにアドバイスして欲しいんだよ」

彼の目聡さに少し驚くが、その言葉は自分の興味をひいた。先日、蒼羽とこの街を歩いた時、確かに自分で作ったシルバーのリングをつけていたのだ。

「・・・行ってくるか?俺がこいつの親父と話してる間、暇だろう?」

 蒼羽がこちらを伺いながら言った。寛大なその言葉に嬉しくなる。

「えっと、じゃあ、よろしくお願いします」

「うんうん。じゃ、オレら、この前のテントにいるからさ、蒼羽の用が終わったら迎えに来いよ」

 

 

 

 

「蒼羽さんと仲いいんですか?」

 外に出て、気になっていた事を歩きながら男に聞いた。

「うー、仲いいっつーか、なんだろ?ガキの頃から知ってるから情が移った、って所かな」

 頭をひねりながら、男がそう言う。

「あ、オレ、フェンネル。フェンって呼んで。君、緋天ちゃんでしょ?」

「ええ?何でみんなあたしの名前知ってるんですか?」

 フェンネルはそれに笑って答える。

「だって、有名だしな。まあ、蒼羽がバックにいるから、あからさまに声をかける奴は少ないだろ?」

「うーん。そういえば。やっぱ蒼羽さんてすごいんだー・・・」

「でも、本当にあいつが君に優しいからさ、オレ、すっごい驚いたよ」

 そう言ってフェンネルは話し出した。その横顔はとても嬉しそうだった。

「あいつはね・・・」

 

 

「あいつはねー。本当、暗い奴でさ。学校の中で、いつも一人なんだ。何でも完璧にこなすし、無愛想だから他の子供から浮きまくっててさ。何を隠そう、このオレも嫌がらせとかしてて。その内、何やっても反応ないしさ、構うのやめたわけよ。誰もあいつにちょっかい出さなくなって。避けて通るんだ」

 少し顔をしかめてしまう。苦笑した彼は先を続けた。

「ある日、いつもより早く目が覚めて、早めに学校に行ったら。教室の中にあいつが立ってて、窓の外を見てたんだ。その顔がさ、すっげえ淋しそうで。オレは子供ながらにかなりの衝撃を受けたね。それを見ただけで・・・自分が、泣きそうになったんだ。あいつがオレに気付いて、あっという間にいつもの無表情に戻ってさ。それで判ったんだ」

 

 

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