37.

 

「ごめんなさい」

シャワーを浴びて、乾かした服を着て。気にかかっていた事を謝った。

ソファに座った蒼羽は、振り向いていぶかしげな顔をする。

「・・・蒼羽さんが外に出ちゃいけない、って言ってくれたのに」

「何で外に出たんだ?」

「・・・物音がして。玄関に行ったら、鉢が倒れていたんです」

 うつむくと、蒼羽は優しい声を出す。

「そうか。それなら仕方がない」

 

「・・・ごめんなさい」

「もういい。謝るな」

「この前の土曜日、怒らせてごめんなさい」

首を振って蒼羽は答える。

「違う!あれは、違うんだ。別に怒ってない。お前に対して怒ってなんかいない。謝らなきゃいけないのは、俺の方だ」

 蒼羽のその様子が、いつもと違って見える。

「何で?何で蒼羽さんが謝るんですか?」

「お前の声が聞こえていたのに、無視して先に進んだんだ。そのせいでお前に怪我をさせた。腹が立っていたとしたら、それは自分に対してだ。・・・・・・無視してごめん。悪かった」

 低く呟く彼にうろたえてしまう。

「そんな事、全然気にしてないです。謝らないで下さい」

「そう思うなら、お前ももう謝るな。お互い様だ」

 蒼羽の口から出た、その言葉がとてもおかしく感じた。思わず笑うと、蒼羽も小さく笑う。

 

「・・・座れ。足はもういいのか?」

 蒼羽は隣を示して、こちらを見上げる。言われた通りに彼の横に腰を下ろすと、満足そうに蒼羽が頷いた。

「触れるとちょっと痛いけど、歩くのには別に支障はないです」

「そうか。今日はセンターに行くのか?」

「忙しくなるから、来なくていいって言われましたよ?」

「あいつは倒したから。もう雨もやむぞ。午後からは晴れだ。穴の向こうは雨だけど」

「なんか、面白いですねー。変な感じ」

 心なしか、蒼羽もさっぱりした顔をしていて。それを見て、自分も嬉しくなってしまう。

 

 

 

 

仕事を終えて、ベースに戻ったら。

仲良くソファに座って笑う、2人が目に飛び込んできた。

その光景に、問題は完全に解決されたのだと、静かに教えられて。

 心があたたかくなる。

蒼羽が救われた気がした。笑顔の彼女に。

 

 

 

  

「おはようございまーす」

 明るい声で、ベースに入る。何だか楽しいのだ、ここに来るのが。

 今日は月曜日。外は快晴。気分も明るく、白い5分袖の膝丈ワンピースを選んで着ていた。

「おはよう。今日はセンターに行くんだよね?」

 そう言って、ソファで新聞を読んでいたベリルが立ち上がる。今日はなぜか迷彩柄のTシャツと、深緑色のカーゴパンツで、自分を驚かせた。

「な、なんで違う服着てるんですか!?」

「ああ、あのコスプレも、もう飽きたし。今度はこれ。アーミールック」

 何でもない事のように言い切る。

「え、あれコスプレだったんだ・・・なんかショック。じゃあ先週までのあれは、ソムリエですか?」

「違うよー。あれは喫茶店のマスター。はい、これお弁当」

「はあ。ありがとうございます。あ、蒼羽さんは?」

 ピンクの包みを手提げに入れながら、ベリルに聞く。センターに行く前に挨拶をしたい。

「明け方まで、金曜日の書類作ってたから。今はまだ寝てるよ」

「そっかー・・・じゃあ行ってきまーす」

「あれ?お迎え来ないの?」

「あ、もう道順は覚えたし。ピアスもあるし、一人で行きます」

「そう?じゃあ、気を付けてよ?絡まれたら、逃げてね」

「はーい。行ってきます」

 

 

 

 

緋天を見送った後、しばらくして蒼羽が2階から降りてきた。

眠そうな目をした彼に少し驚く。ここ最近の睡眠不足を解消する為に、当然まだ夢の中だと思っていたから。

「あれ?蒼羽、起きたの?」

「ん。あいつは?」

 判りやすい蒼羽に笑みがこぼれる。こちらの気持ちが判ったのか、彼は冷たい視線を投げてきたけれど。

「緋天ちゃんは、もう行っちゃったよ。なんかあの娘さ、門番とかセンターの奴らにすごい人気なんだよねぇ。大丈夫かな?」

 もう楽しくて楽しくて。あながち嘘ではないそんな事を口にすると。 

案の定、その言葉に蒼羽はぴく、と反応した。

「蒼羽、牽制しに行った方がいいんじゃない?大丈夫、君の睨みなら、一発でだいぶ敵は減るはずだよ」

 

 

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