35. 

 

朝起きて、一番にカーテンを開けて外を見た。大粒の雨。

昨夜作った、てるてる坊主から、いくつも雫が落ちていた。

 

 

 

 

「おはようございまーす」

 ぬれた傘を扉の外に置いてから中に入ると、ベリルが羨ましそうに自分を見て言った。

「緋天ちゃんは傘が使えていいなぁ」

「ええ?・・・あ、そうか。雨が流れてきた時は、傘も使えないんですね」

「うん。普通の雨の時は使えるんだけどね。流れてきた雨はね、アウトサイドの傘を使っても溶けてしまうし。こちらの人間が使うとやっぱり駄目みたい」

「じゃあ、あたしが持った傘の中に、こちらの人が入ったら?」

「平気だと思うけど。それでも雨に触れた部分の服は溶けると思うなぁ」

 ため息をつくベリル。部屋の中を見回して、蒼羽がいない事に気付く。

「・・・今日も蒼羽さんいないんですね」

「今のこの雨、こちらに流れてきてるんだ。しかも怪物化しそうでさ。蒼羽は朝早くから、目をつけてたアウトサイドの所に行ってる」

「・・・やっぱり」

 暗い顔になってしまって、ベリルは申し訳なさそうに口を開く。

「ごめんね、私もこれからセンターに行って、データを整理しなきゃいけないんだ。最近仕事してなかったから、そのツケがまわって・・・・はあ。悪いんだけど、緋天ちゃん留守番しててくれる?」

「はい、判りました。あれ?じゃあベリルさんも結晶持ってるんですか?」

「うん。じゃあ、行ってくるね。昼には帰ってくるから」

 そう言って、ベリルはいつもの黒いエプロンを外して、部屋を出た。誰もいないベースの中を歩き回って、いつまでも落ち着かない気分だった。

 

  

バサ、と音がして、反射的にガラス扉の外を見る。

 蒼羽が扉の向こうで傘をたたんでいた。

「・・・蒼羽さん」

 カウンターの椅子から立ち上がって、扉を開けて声をかけた。

「・・・もう平気なのか?」

 一瞬、何の事だか判らなくて。自分の体調を伺っているのだと理解した。蒼羽の顔を見ると、その顔色はあまり良くないように見えて。それなのに自分を気遣ってくれた事が、切なかった。

「全然、元気、です。・・・蒼羽さんの方が忙しいのに。大丈夫、ですか?」

「ああ。・・・ベリルはいないのか。この雨が怪物化しそうだから、今から待ち伏せしに行く。絶対外に出るな。いいか?」

険しい顔でそう言われて、うなずく事しかできない。そのままカウンターの横をすり抜けて、玄関へ向かう蒼羽の背中に声をかける。

「・・・傘、いらないんですか?」

「邪魔になるだけだから。・・・外に出るなよ」

「・・・はい。行ってらっしゃい」

「ん」

  

おとなしく、蒼羽の帰りを待つ。彼が帰ってきたら、謝りたかった。

土曜日もらったピアスは大事にするからと、言いたかった。

 

 

 

 

ガン!!

 玄関の方から、大きな物音が聞こえた。蒼羽が帰ってきたのかと思って、急いで迎えに出る。扉を開けたら誰もいなくて。玄関のポーチに置いてあった、大きな鉢が倒れていた。

「あ、なんだ・・・さっきのはこれが倒れた音?・・・んしょ」

 力を入れて、鉢を元に戻す。鉢の中に収まっている木は、もみの木に似ていた。ふと庭に目をやると、プランターがいくつか倒れている。

「あ、あんな所のも倒れてる・・・風かなぁ」

 

 

全て元に戻して、他にも倒れている物はないかと、庭を見回す。

 ズズ、と地面をこする音が、背後から聞こえた。

 

振り返ると、蜃気楼のようなものが目に入った。

3メートル近い、人間の形をした、ゆらゆらした、透明の、それ。

 

一瞬、顔に当たる部分に、醜悪な、嫌悪感を誘う笑みを浮かべた、人間の顔が見えた気がした。ゆっくりと、それは自分に近づいてきて。

腕を、伸ばす。

紛れもなく、自分に向かって。

  

 

絶対外に出るな、と蒼羽は言っていたではないか。

外に出るなよ、と念を押したではないか。

 

目が、逸らせない。

足が、凍りついて動かない。

  

 

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