34. 

 

「うわ!緋天ちゃん!何で朝より暗くなってるの!?」

 センターから帰ってきた緋天を見て、思わず声を上げる。

「・・・蒼羽さん、忙しい、って聞いて。休む暇あるのかなぁ、って。誰かが休め、って言っても休まない気がするんです・・・」

小さな声でつぶやく緋天は、また倒れてしまうのではないかと、細く、小さく、感じた。

「・・・大丈夫。ちゃんと、見てるから。晴れたら休めるから。そうだ、緋天ちゃん、てるてる坊主でも作ってお祈りしてよ。そしたら晴れる気がする」

「・・・はい」

気落ちした顔で帰って行く緋天を、扉の外まで見送って。空を見上げたら、今日も曇ったまま。微妙な曇りは、気が抜けないだけに、嫌な気分だ。

蒼羽は今日も遅くなってから、帰って来るのだろうか。

  

 

 

 

「お帰り。今日、緋天ちゃん出てきたよ。元気になってた」

蒼羽の帰りをずっと待ち構えていた。それを一番に伝えたくて。

ぴく、と体を動かせて、蒼羽は自分を見た。目に少し力が戻っていた。

「・・・本当か?」

「ああ。本当。お弁当も残さず食べてくれたし」

「そうか」

 ほっとした顔を見せて、蒼羽は2階に上がろうとする。

 

「緋天ちゃん。自分が蒼羽を怒らせた、って言って泣いてたよ」

 厳しい声を出す。それに反応して蒼羽は振り向く。

「っ!!何でだ!怒ってなんかいない!」

「じゃあ。何で君はあの娘を待たずに先に進んだんだ?」

今度はできるだけ、穏やかな声で、諭すように。苛々する彼に問いかける。

「あの娘が同級生と楽しそうにしていて。どう思った?」

 蒼羽はうつむいて黙り込む。

「その中の一人が、あの娘の髪に触れて。どう思った?」

 うつむいた、その体の前に回りこむ。

「・・・嫌な気持ちになったんだろう?違うか?」

 ぱっと顔を上げて、蒼羽は息を呑んだ。

「アウトサイドだから。どうする事もできない。そう思ったんだろう?」

「ちが・・・」

「違わない」

 否定の声を上げた蒼羽に、優しく言葉を重ねた。

「誰かを好きになる事は、悪い事でもなんでもない。むしろいい事だ。君は別の人間が、彼女に触れたから、嫉妬した。無性にいらいらしていた」

 蒼羽の目が泳ぐ。

その様子に、我慢ができず笑みが浮かんで。言葉を続ける。

「嫉妬するのは見苦しいと思うかもしれないけど。人間なんだから仕方がない。でもそれで相手を傷つけるのは、あまり誉められた事じゃない」

 最低限の事を。今教えずに、いつ教えるのだというのだ。

 初めての感情に戸惑う蒼羽の気持ちも理解できるが、だからといって緋天を泣かせておくままだという状況は叱るところだった。

「女の子を泣かす事も良くない。それは判ってるな?」

 蒼羽が絞り出すように、言葉を発した。

 

「・・・明日、謝る」

 

「よし。好きな事を隠さなくてもいいんだ。告白されたら、誰だってうれしい。緋天ちゃんだって、ちゃんと答えてくれる。両思いでなくても、これからだってチャンスはあるし、君が優しく接するだけでポイントは上がる」

 

 

「・・・でも」

 こちらを見て、悲しそうな目をする。それにたじろいだ。

「でも?」

「あいつといたら、独占したくなるんだ。あいつが笑ってる間に、何も知らない内に、何かが体の中から出てきて、勝手に暴走して、絶対に傷つける。・・・ひどい事をして、傷つけそうになるんだ」

 必死に訴える、その顔は。本当に辛そうで。

人に接する事に慣れていないせいで。誰でも持っている感情を、汚いと思って。それをこんなに気にしているのだと、やっと理解した。

 

「蒼羽。好きな子を独占したいと思うのは、どうしようもない。嫉妬と同じだ。それで、そうだな。手を出しそうになるのも、抑え込む事はできない。だけど、それをしたら、相手が傷つく事は判っている。だから。自分の感情とちゃんと向き合え。相手を好きだと思うなら、傷つけたくないと思うなら、我慢できる。落ち着いて、考えろ」

 ゆっくりと蒼羽がうなずいて、ようやく安心した。

「緋天ちゃんが、蒼羽を好きになるように。努力しろ、あの娘が喜ぶ事を考えろ。そしたら、いつか振り向いてくれる」

 

 

憑き物が落ちたような顔で、何かを考え込む蒼羽に向かって、笑いながら言った。そこまで真剣な彼も、とても珍しい。

「大丈夫。緋天ちゃんは蒼羽の事、かなり気に入ってるよ。今日だって、お前が忙しい事聞いて、心配してたから。友達以上、恋人未満ってところだな。あともう一押しだ、頑張れ」

 

正直。

 彼とこんな話をする事は一生ないと思っていたので。

 本当に、嬉しかった。

 

 

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