33. 

 

「はい、これお弁当」

 ベリルがピンクの布に包んだ、四角い物を手渡してくれる。

「ええ?いいんですか?」

「うん。ここで働くなら、お昼ご飯の心配は無用。毎日作ってあげるよ」

「わー。ありがとうございます。なんかベリルさんって・・・お母さんみたい」

「・・・お母さんって。せめてお兄さんって言ってよ」

 がく、と肩を落としてベリルが言う。笑顔で話を聞いてくれて、諭してくれて。お弁当まで作ってくれるマメなその感じは本当に母親のようで、思わずそう言ってしまったのだ。

「さあ、張りきって行きましょう!!緋天さん!」

 以前、センターで自分にピアスを届けた、マルベリーという若者がわざわざ迎えに来てくれていた。元気いっぱいというその声に、少しばかり自分の気持ちも明るくなる。

「はい。じゃあ行って来ます」

「行ってらっしゃい。気をつけてね。変な人について行っちゃダメだよ」

 心配そうに言って、手を振るその姿は。やはり母親のよう。

「大丈夫です。自分、しっかりお守りしますから」

 真面目な顔でマルベリーが答える。

「・・・やっぱりお母さんだ」

 

 

 

 

「あ、アウトサイドの娘が来たぞ。これからセンターに行くんだな」

 草原を下って来る、緋天とマルベリーを見て、相方が言った。

「熱が出たってベリルさんが言ってたけど、元気になって良かったー」

「ああ、お前、あの娘が倒れた時に居たんだっけ?」

「そうそう。あの時の蒼羽さんが見た事ない顔でさー、おれ・・・」

 言いかけて、口をつぐむ。すぐ近くに2人が来ていた。

「こんにちは」

緋天が声をかけて、門が開くのを待つ。笑顔なのだけれど、どこかそこには陰りが見えた。

「さあ、どうぞ」

「ありがとうございます」

「午後にまた、送って来るんで。当番の人に伝えておいて下さい」 

そう言って緋天とマルベリーは門を通って、去って行った。それを見送って相方はまたもはしゃぎだす。

「・・・やっぱかわいいよなー」

「今日はなんか元気なかったよなぁ?まだ本調子じゃないのか?」

「さあ。オレらにもチャンスあるよな。しばらくセンターに通うみたいだし。オレ、来週は昼の当番にしてもらおうっと」

 

 

 

 

「緋天さん、今日は元気がないね。まだ体調が回復してないのでは?」

「・・・あ、オーキッドさん」

センターの中で、色々な人に質問をされて。それに答えながらも目が泳いでいたり、呼びかけても気付かなかったり。そんな緋天を見て、帰りぎわ、彼女を呼び止めた。慣れないこちらの世界に、やはり疲れてしまうのだろうか。もう1日、休ませてあげれば良かったと、後悔の念が湧き上がる。

「無理しなくていいんだよ?それとも何か心配事かな?」

「ご、ごめんなさい」

 自分の言葉に、びく、と体を震わせて緋天は謝った。それが本当に痛々しく見えて。彼女は何かに怯えているようだ。

「いや、別に責めてる訳ではないよ。そうだな、気になる事があるなら、早めに解決した方がいい。時間が経てば経つ程、単純な物でも複雑になるから」

「・・・はい」

「明日は外から雨が流れてきそうだし、忙しいんだ。来週また来てくれるかな?」

「え?そうなんですか?」

 緋天が顔を上げて、自分を見る。そこには何か言いたげな表情。

「・・・うん。今週はずっと天気も悪かったし、蒼羽も忙しいだろうね。最近のアウトサイドは、マイナス感情を心にしまい込みやすいから。うまく発散できない若者が多いんだね。だから怪物化する確率も、昔より、かなり高くなっているんだよ」 

 緋天の顔が暗くなっていく。

「蒼羽さん、・・・休む暇あるんですか?」

 その口から飛び出した言葉は、予想していなかったものだった。彼女に対して無愛想なだけの蒼羽を、これだけ気遣ってくれるというのがとても嬉しくて、思わず笑みがこぼれる。

「まあ、晴れてる時は割と暇だからね。雨が続く時は、他の地区から応援を呼んだり、予報士の見習いを使ったり、ベリルも手伝ったり。無理をさせないようにはしてるんだけどね。蒼羽はめったに助けを求めてこないんだ。だから緋天さんからも、あの子に言ってくれないかな?疲れたら休むように」

 どうやら。

 自分の知らないところで何かが動き始めているらしい。

「・・・はい。じゃあこれで失礼します」

「ああ。気を付けてね。・・・おーい、誰か、緋天さんを送ってあげて」 

 

 

 

 

うつむいて唇を噛む。鈍い痛みがじわりと生まれた。

誰かが蒼羽に、無理しないで、と言っても。

彼は、心配するな、と言って。何でも一人で片付けるような気がした。

誰も見ていなくても、決して手を抜かずに、完璧に仕事をやり遂げる。

誰にも甘える事なく、弱音を吐く事もなく。

 

  

彼はいつ、どこで、その羽を休ませているのだろうか。

それを誰かに見せる事は、あるのだろうか。

自分はそれを見る事が、できるのだろうか。

 

きっと。

その光景は、泣きたいくらい、きれいなんだろう。

 

 

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