31.

 

「緋天ちゃん?あなたが寝てる間にね、会社の、ベリルさんって方がみえたわよ?かっこいいわねー、外人なのに日本語ペラペラで。お母さん、あの人となら浮気しても悔いはないわ」

 

 夜になって、目が覚めた。頭が働かない。

 ベリルとは、誰の事だったろうか。

「・・・え?ベリルさん?・・・・・・えっ!!何で起こしてくれなかったの!?」

「だって、あなた、うなされて寝てたじゃない」

「・・・」

「あら、やだ、どうしたの?泣いたりして。今日はもう寝なさい」

 

 誰かに話して、心を整理したい。ベリルなら、それを助けてくれる。

 明日、ちゃんと動けるように、今は、眠りにつかなければならない。

 

 

 

 

「・・・そうですか。いえ。こちらは構いません。ええ。ゆっくり休んで下さい。はい。はい。失礼します」

月曜の朝。

緋天の家に電話をすると、頭のどこかでは判ってはいたが。彼女の熱が下がらない、と母親に言われた。それを蒼羽に伝えるのは、ひどく気が引けて。

「蒼羽。緋天ちゃん、大事を取って今日は休むって。本人元気らしいんだけど、お父さんが休めって言い張ってるんだって。面白いねえ」

「・・・嘘をつくな。具合が悪いんだろう?」

「・・・本当だってば」

 蒼羽はめったに見せない疲れた顔で、今日も仕事に出る。

間の悪い事に、今週は天気が悪いらしい。雨が降るか、降らないか、微妙な曇り。蒼羽の仕事がまた増える。ドアの向こうにどんよりした空が広がっていた。

 

 

 

 

 早く良くなろうと、もがけばもがくほど、どういうわけか熱が下がらない。

あまり良く眠れなくて、嫌な夢を何度も見る。起きてもその内容はほとんど忘れているのだけれど。怖くて怖くて気が狂いそうだった。そのたびに、涙があふれて、自分が本当に小さな子供に戻ったように思えた。体がだるい。栄養をつけようと、何か口にしても、夢を見た後は気分が悪くて吐いてしまう。

 体調が良くなり始めたのは、水曜の朝で。明日は絶対に、ベリルに会いに行こうと、そう思って眠りについた。

 

 

 

 

火曜も水曜も。朝、緋天の家に電話をしたら、やっと眠り始めたから寝かせたい、と母親が答えた。どうやら夜中にうなされているようで。食べた物も戻してしまう、と少し元気のない声で言っていた。

 

蒼羽は淡々と仕事をこなしていて、以前と全く変わりなく働いていたが、その顔に生気がなくて。彼を見た者を不安にさせた。

       

今日、木曜の朝。半ばあきらめて、緋天の家に電話をかけた。彼女はしっかり朝食を食べて、こちらに向かったと、母親が日曜に会った時と同じ調子の声で答えた。

 

 

 

 

カタン、と音を立てて扉を開ける。

「おはようございます・・・ってあれ?誰もいない」

 バタバタ、カウンター横の扉の、廊下の奥から足音を立てて、ベリルが走ってきた。

「緋天ちゃん!!待ってたんだよ!話があるんだ!」

「ベリルさ・・・ふぇ」

 

話したい事が。聞いて欲しい事が。いっぱいあったのに。

彼の顔を見たら、出し切ったと思った涙がこぼれて、止まらなくなった。

 

 

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