3.
どしゃぶりの雨の中で笑っている人間がいる。雨宿りをする気配もなく、動かない。
ひじの辺りまで届く黒い髪も、青いTシャツも細身のジーンズも。みごとに全身ずぶぬれ状態。ティーンエイジャーに見えるその少女は雨にぬれることも全く気にせずに、空を見上げて笑っていた。
「お前はどこの所属だ?見慣れない顔だな」
仕方なく少女に声をかけた。なにしろ平気で雨に打たれている人間なんて自分以外にそうそういない。
「え?」
彼女は首をかしげて自分を見る。雨にぬれているこちらの格好に目をみはる。そののんびりした動きになぜか苛立った。
「どこの所属だ?この時期に見学か?センターから通知はきていなかったと思うけど」
「え?え?どちら様でしょう?」
ひどくあわてた様子で逆に問われた。それがまた、なぜか勘にさわって居丈高に言い放つ。
「何をあわてている?所属はどこだ?」
「えぇ?あの、所属って何ですか?あ、これって職質ですか?警察の方
ですか?」
その切り返しに驚いて、声が出てこない。自分の顔を見て、少女の表情は強張る。それでも相手は言葉を重ねた。
「あの、あの、ちょっと雨にぬれてみたかっただけなんです。すいません。なんか挙動不審みたいに思われたかもしれませんが、買い物に来ただけです。そこの本屋さんに。えっと探してた本があって。あ、家は木船市の、みどり台で、2丁目の31番地です」
ありえないその言葉が信じられなくて。そこにいる少女の存在が信じられなくて。確かめる為にもう一度問い返す。
「お前の所属センターはどこだ?新人か?配属部署は?」
矢継ぎ早に。自分と同じ側なら誰でも答えられる質問を。ありえない答えが出ないように彼女の目を凝視しながら。
「すみません。言ってる意味がわからないんですけど。あ、もしかして誰か違う人と勘違いしてません?あの、警察の方ではないんですか?これ、何かのイベントですか?」
視線が痛いのか目をそらしてから困惑気味に答えた。相変わらず雨に打たれながら。
こんな事は。ありえない。
何が原因でこんな事が起こるのだろう。目の前の少女が冗談を言っているのならいい。それなら自分はこの人間をあっさり追い返せるのに。
「急に降ってきて本当びっくりしますよね。朝はあんなに晴れてたのに」
反応がない自分を困ったように見て、間を持たせる為に気遣う様に続ける。その無邪気さに余計に腹が立つ。
「あ、傘ないんですか?風邪ひきますよ?」
確定。信じられない事態が今起こっている。
自分に対処しきれない事態が。
いつもその背中を追いかけている、記憶の中の人間ならば一体どうするだろう。
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