29.
辺りが暗くなってから、蒼羽はやっとベースに戻ってきた。
「お帰り。遅かったね」
カウンターの中から声をかける。緋天を送り届ける間に、彼女に何か起こったのかと心配し始めていたのだ。
「駅の前で結晶に反応が出た奴を見つけて、追いかけてたんだ」
「ええ?じゃあ緋天ちゃん電車で帰ったの?かわいそうに」
仕方がないとは言え、あれだけゆっくりと歩いていた緋天が、1人で帰ったのかと思うとやるせなかった。
ふと蒼羽の顔を見ると、厳しい表情が浮かんでいて。こぶしを握りしめて、吐き捨てるようにつぶやいた。
「俺のせいなんだ」
いつもと違う様子の蒼羽。
そんな風に感情をあらわにする彼が珍しくて。少し居ずまいを正す。
「どういう事なんだ?」
「あいつが。後ろから声をかけたのに気付いてたんだ。それを聞こえない振りをして先に進んだ。そのせいであいつが倒れて、足に怪我させた」
固く握りしめたその左手から。
赤い血が落ちて。
「・・・蒼、羽」
ぼんやりとそれを目で追って、ようやく我に返る。
「蒼羽!やめろ!」
カウンターから飛び出して、蒼羽の前に回り込む。
「悪いと思ったのなら謝れ!お前が無視したのは悪かったけど、彼女が貧血で倒れたのはお前のせいじゃない」
「違うんだ・・・」
蒼羽は虚ろな目で自分を見る。すがるように。
「ちゃんと振り返って足を止めてたら、あいつは俺を追いかけようとして動く事もなかった。ふらついたまま歩いて、自転車に跳ね飛ばされる事もなかったんだ!」
その言葉に息を呑む。
目の前で取り乱す、彼が。
数年前に見た、今の身長の半分程しかない子供の蒼羽と重なった。
「・・・・・・」
「・・・最低だ」
うつむいて、つぶやいて。
うなだれる蒼羽がいつもよりも小さく、庇護の必要な子供に戻ったように見えた。何と返せばいいのか戸惑う。
「いいか?過ぎた事はどうしようもない。判るな?」
ベリルのその言葉は。
自分が昼間、彼女に偉そうに言った言葉で。
「お前が悪い事をしたと思ったならあの娘に謝れ。理解してもらうまで何度でも謝ればいい・・・大丈夫だ、緋天ちゃんは許してくれるから。心の広い娘だ。ちゃんと謝ったら、すぐに笑って許してくれるから」
ベリルが微笑んで、自分を見る。
ベリルにも言えない、黒い心を。
彼女の弱った隙をついて現れた、黒い心を。
体の内側を蝕んで、取り返しのつかない事をしそうな、黒い心を。
彼女は笑って許してくれるのだろうか。
このどうしようもない罪悪感を、その笑顔で浄化してくれるのだろうか。
蒼羽は自分から視線を外してうつむいた。
こちらの言った事に、反応せず。黙ったまま、顔を上げない。
下を向いたそこから、ひとつ。
涙がこぼれ落ちて、固まりかけた赤い血と混ざり合った。
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