28.
2階から降りてきた蒼羽と自分を見て、ベリルが声をかけた。
「ああ、緋天ちゃん。電話しておいたから」
その手には分厚い電話帳と携帯。
「本当に大丈夫なんですよ?捻挫も慣れてるし」
「まあ、一応。念の為」
ゆっくり歩いて、心配そうに自分を見るベリルの開けた扉を通る。
「じゃあ、申し訳ないんですけど。今日はこれで失礼します」
「うん。また月曜にね。痛かったら無理しなくていいよ。電話して」
「はい。お疲れ様でした」
蒼羽と並んで駅に向かう。蒼羽が自分のペースに合わせて歩いているのが、今はどうも気まずく感じた。
横断歩道で信号待ちをしていると、彼は眉間にしわを寄せて、首の鎖を引っ張り出していた。Tシャツから出てきた結晶が、黒を混ぜたような濃いオレンジ色の光を発して光っていた。
「・・・あ、蒼羽さん、もしかして・・・」
彼は辺りを見回して、横断歩道の向こう側を歩いている、スーツを着た神経質そうな男を見つめる。
「あいつだ・・・。悪い、一人で帰れるか?」
その男から目を離さずに蒼羽は言った。
「大丈夫ですよ。あの人を追いかけるんですよね?」
「ああ。ちゃんと医者に診せてから帰れ」
「大丈夫ですから。さ、早く行って下さい」
「悪い」
蒼羽は気遣わしげな顔を見せてから、背を向けて去って行った。
「これは今夜と明日の夜、だいぶ腫れるよー」
赤くなった足を見て、医者が言う。
絶対に足を引きずらないように、痛そうな顔を見せないように、ゆっくりゆっくり蒼羽の目の前で歩いてみせた。なぜかそうしないと、蒼羽を困らせるような気がしたから。
「痛み止めと、湿布、出しておくから。受付でもらって」
「はい、ありがとうございました」
骨には異常なかったけれど、だいぶ足首が痛んだ。いつもよりも倍以上の時間をかけて、駅の中を移動して。さすがに徒歩20分の、駅から家までの道を歩く気にはならなくて。タクシーで家まで帰った。
貧血で倒れる前に、蒼羽が見せた冷たい表情。
目が覚めた時に見えた、何かに憤った横顔。
両方とも、体が凍りつくくらいに自分を怯えさせたけれど。そんな表情を蒼羽にさせたのは、自分だという事が痛いくらいに良く判って。その感情を向けられたのは、自分だという事も良く判っていて。
その後に、何事もなかったかの様に接してくれた蒼羽に、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
そういう事を考えないようにして、あれこれ話題を探したけれど。
そんな、どうでもいいような話に反応して、蒼羽がピアスをくれた時は、その優しさが切なくて、泣きそうになった。
帰り道、蒼羽が仕事をする為に離れた時は、心からほっとして。
そんな自分が汚く思える。
自分の何が悪いのか判っていない。
相手にそれを聞く事も、謝る事もできない。
それを考えないようにする為に、相手の優しさに甘えて逃げていた。
アルバイトを辞めた時と同じだと気付いて。
それを諭してくれたのは蒼羽で。
今は誰も諭してくれる優しい人間はいない。
青い石のピアスを見つめていると、涙がこぼれ落ちた。
右足が熱を持ってひどく痛む。
これは自分への罰なんだ、と理解して。
自分は子供なんだ、と思い知って。
さらに涙が溢れた。
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