27.
「緋天ちゃん!!大丈夫!?」
じわりと背中を這う焦りに耐えながら、部屋に駆け込んだ。
留守番を頼んだ門番と、買い物帰りの道で鉢合せた。何かあったのかと問うと、蒼羽が、真っ青な顔をしたアウトサイドの娘をベースに運び込んだのだ、と彼が答えて。
あんな蒼羽は見た事がない、と焦った顔で門番が言うものだから。
ふくらんだ買い物袋を抱えて、丘の坂道を駆け上った、というのに。
「あ、ベリルさん。どうしたんですか?あわてて」
にこにこ笑いながら、蒼羽のベッドに腰掛ける緋天を見て、一気に力が抜けてその場に座り込んだ。
「緋天ちゃーん・・・」
「あれ?大丈夫そうですね。いやー、良かった良かった」
後ろから、門番が現れてうれしそうに笑う。
「ああ。お前がベリルを呼んできたのか?悪かったな」
緋天の足元に膝をついた蒼羽が、門番に声をかける。
「いえいえ。どういたしまして。じゃあおれは昼食の続きを・・・」
「・・・ところで蒼羽。君は一体何をしてるんだ?」
階下に去っていく門番を恨めしそうに見つめて、蒼羽に目を向けた。緋天の足元にひざまずいたその姿は、自分には変な事をしているように見えた。
「包帯で固定している。倒れた時に足をひねったんだ」
確かに蒼羽の手に包帯が握られていて、側には救急箱が置かれていた。
「あ、なんだ、そうだったのか・・・って、ええ?倒れたってどこで?」
「そこのアーケードで、貧血になっちゃって。気がついたら、ここに」
恥ずかしそうに笑いながら、緋天はベッドを指差した。
「ええ?何それ?起きてても大丈夫なの?」
さらりと言うそれに驚いて。立ち上がって緋天の顔をのぞき込む。
「なんか、まだ顔色悪いねー。それに、その足もちゃんと医者に診せた方がいいんじゃない?骨に異常があったら大変だよ」
それから、体の向きを変えて、階段に足を進めながら続けて言った。
「今日はもうやる事ないから、帰っていいよ。確か駅の横に病院あったよね?そこで診てもらいなよ。電話しておくから。私は午後から用があるんだけど、蒼羽は暇だから。蒼羽、緋天ちゃん送ってあげて」
「ん。判った」
階下に消えたベリルを見送って、足元の蒼羽に声をかける。
「なんか大事になってません?本当に、全然平気なんですけど」
「いい。暇だから送る」
手に持ったはさみで包帯を切る蒼羽の耳に、ピアスが見えた。
「あっ!そういえばピアス付け直してもらってもいいですか?」
包帯の先を固く結んでから、蒼羽が顔を上げる。
「・・・ああ。忘れてた。ちょっと待て」
救急箱を引き寄せて、消毒液を取り出してから、ベッドと反対側の壁に置かれた机に蒼羽が近づいた。
「ここ、蒼羽さんの部屋ですか?」
「ん」
一階のリビングの部分の上に位置するのだろうか。一昨日、洗面所に向かった時に通り過ぎた扉が、この部屋なのだろうと思う。斜めに落ちる天井。大きめのベッドと机と本棚が三方の壁に沿って置かれている以外には何もない。
大きな窓が二方にあって、ベッドに腰掛ける自分の背後にも、向かいの壁の机の上からも、明るい外の光が見えた。
机の上に置いてあった小箱を手にして、蒼羽が自分の左横に座る。ぎゅっと目をつぶって、体を固くした。
「今日も怖いのか?」
近い位置から聞こえる彼の声に、全身に緊張が走る。
「・・・昨日痛くなかったから、大丈夫だと思うんですけど。やっぱりちょっと身構えちゃいます」
「動くなよ」
ピアスを取って、穴を消毒して、本来つけるべきだったものを、つけ直す。昨日よりもスムーズに、静かに。その一連の作業をする間、蒼羽の顔が怖くてまともに見れなかった。
「終わった」
目を開けて左耳を触って覚える違和感。
「なんか、すごーく重い気がするんですけど」
一日つけていたものよりも、随分と重量のあるそれが。慣れない感覚を更に深めた。蒼羽の手にした、青いピアスに目が留まる。
「それ、蒼羽さんのですよね?昨日家に帰ったらね、お母さんが・・・」
無表情の彼に、昨日の家での出来事を話した。
それが今の自分の精一杯。
「やる」
話し終えて、何を思ったのか蒼羽は無表情のまま、そんな事を口にする。
物欲しそうな顔をしてしまったのだろうか。
「・・・え、こんな高そうなの貰えません、よ・・・」
「いい。やる」
断っているのに。
蒼羽は手の中のピアスを、空いた小箱に移し。
自分の手に半ば押さえつけるように乗せた。
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