25.
アーケードに入った所で、ようやく蒼羽に追いついた。
「うー、蒼羽さん、すみません。高3の時の同じクラスの人達なんです。話込んじゃってごめんなさい」
蒼羽の背中に声をかける。彼が振り返って自分に視線を向けた。
「別に。お前が誰と話そうが、俺には関係ない」
ものすごく冷たい目と。冷たい声が。降りてきた。
「・・・え?そう、うさん?」
一昨日。初めて会った時、そんな目を見た。だけどそれよりもはるかに冷たくて、鋭い目で。その場に凍りついてしまう。体全体に緊張が走っていた。蒼羽は当然それを待たずに先へ進む。自分の言動の何かが、彼の逆鱗に触れたのだと気付いて、我に返った。あわてて蒼羽を追いかけて謝ろうと、足を前に動かす。
2、3歩進んで、ぐらり、と。
何かが目眩を引き起こす。冷や汗が額ににじむ。
息が苦しくなって、短い呼吸を何度も繰り返す。
「や、こんな時に・・・っ!」
今までにも何度か体験した事のある、ものすごく嫌な感触が体中を駆け巡る。視野が狭まって、目の前も暗く見える。蒼羽を今ここで引き止めなければ、という思いに押されて、ふらふらしたまま足を踏み出した。
「蒼羽さん、ちょっ、待って」
笑える程に、真っ直ぐ前に進めない。歩くという機能が今の自分から欠落していて。大きく右によろめいた。そうして何かが体にぶつかって、伝わる衝撃。
自分が 倒れていくのが判った。
早足で歩く。緋天が自分の名前を呼んで、待ってくれ、と言うのが聞こえた。その声がわけの判らない苛立ちを余計に煽って、それを無視して先に進んだ。自分の右側を自転車が通り過ぎていって、派手なブレーキ音をたてて、目の前で急停止した。若い男が肩越しに振り返り、その視線が自分を通りこして、それから驚愕に目を見開いた。
「やっべえ」
そうつぶやいて、ものすごいスピードでアーケードの中を去って行った。背後でざわめきが起こって、ようやく後ろを振り返る気になる。
人だかりの輪の中で、緋天の黒髪が地面を這っていた。
自分は一体何に対して苛立っていたのだろうか。
緋天を取り囲んだアウトサイドの一人が、その手で彼女の髪に触れた時。
何か。自分がいくら足掻いても、どうする事も出来ない何か。
大きな切り札を、目の前に突きつけられた気がした。緋天が嬉しそうに仲間と笑っていて。髪に触れられても、笑っていて。自分の存在を忘れて笑っていて。
先程まではその笑顔は自分に向いていたのに。
その全てが無性に腹立たしく思えた。
弾む声でクラスメートの事を話す、その笑顔が、体のどこかを焼いて。冷たい声を、喉から吐き出した。背中に声をかけられたのが判っても、振り返ったら何かが爆発しそうな気がして、緋天を無視して足を進めた。
その結果が、天罰が。どうして彼女に下ったのだろう。
地面に横たわる緋天に駆け寄って、頭の中で激しく自分を責める声が聞こえた。
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