23.

 

事故現場を離れて10分程走ると、良く知った通りに出た。前方に大手デパートの看板が見える。

「あ、ここのデパートのゲームコーナーであたしバイトしてたんですよ」

「家から近いのか?」

「うーん。自転車で15分ってところです。なんか辞めてから気まずくて、最近あんまり来てないんですよね」

「なんで辞めたんだ?」

「え?えーっと。あの、その、ちょっとお客さんとトラブっちゃって」

「何をした?」

 蒼羽が続けて問いかけた。事務的な、仕事の内容以外で、蒼羽が会話を続けてくれるのは、とても嬉しかったけれど。その内容は嫌な記憶を引き出してしまう。

自然と視線を落として、つぶやく。

「・・・えっと。突き飛ばして転ばせちゃったんです・・・」

 答えを言っても、何も返さない蒼羽の沈黙が居心地悪くて。

「でも。先にお客さんが体触ってきたんです。あ、子供向けのゲームコーナーなんですけど。結構規模が大きくて。大人も暇つぶしに遊びに来るんです。それで・・・ちょっと嫌なタイプの人に絡まれて。体、触られて。びっくりして、はねのけたら転んでて。ものすごい怒っちゃって。その場が治まった後、店長とデパートの支配人に怒られて、・・・2人とも男の人だから。正当防衛だって言っても判ってくれなかったんです。・・・それで、辞めちゃった」

 一気にそう言って、また下を向く。

「・・・あたし。悪くないですよね?」

「いや、お前が悪い。相手がやった事は明らかに悪いけど。接客商売だろう?落ち着いて対応しなきゃ駄目だ」

 求めていた言葉は彼の口から発せられず。愕然とする。

家族も友人も。アルバイトを辞めた理由を話すと、自分をなぐさめた。辞めて正解だった。緋天に触れた客は許せない。女の子の敵だよ。

誰もが自分の味方で。蒼羽の口から出た予想外の言葉が、冷たく感じられた。

触られた時の生理的な嫌悪感が思い出されて、蒼羽を見て言う。

「でも!本当に嫌な感じだったんです。あ、あんな事されたら誰だって怒り、」

「違う。俺が言ったのはそういう意味じゃない」

 自分の言葉を遮って、蒼羽が静かに続ける。

「絡まれた時に上手く対応したか?少しでも態度のおかしい客がいたら、すぐに責任者に報告して、注意深く様子を見るんじゃないのか?接客に慣れた上の店員や、男の店員に対応させろ。相手が転んだ後も、お前がしっかり理由を話して誤ったのか?上司が謝りに出た時、お前はその場で何をしていた?」

 

 

 蒼羽の言葉に息を呑む。

落ち着いた声で紡ぎだされたその言葉は。まるで氷が急速に溶けていくかの様に、自分の中に広がった。蒼羽の言いたい事を理解した途端、恥ずかしさと後悔が訪れた。

うつむいて、それからつぶやく。

 

「・・・蒼羽さんの言う通りだ。あたし、ずっと自分は悪くないって。そう思って何も反省しなかった。やだ・・・最低だ。何でそういう事、一度も考えなかったんだろう。自分の事ばっかり考えてた・・・」

 あまりの恥ずかしさに、顔を上げる事ができない。

後頭部に蒼羽の声が降りた。

「気付いて良かったな。過ぎた事はどうしようもない。気にするな」

 それは思いのほか優しく響く声で。

 初めて蒼羽の内面に、ほんの少し触れた気がした。

「あぁぁ、やだ、今すごい自分が恥ずかしい・・・蒼羽さんってすごい。教えてくれてありがとうございます」

ハンドルを操る蒼羽をまじまじ見て、頭を下げた。

それを見て、蒼羽は薄く笑う。彼が笑ってくれた事で、どこか救われた。

「あー。ベリルさんじゃないけど。本当、目から鱗が落ちた感じ」

 

 

 

 

駐車場に車を入れて、蒼羽と車を降りる。

「今日はもう何もないんですか?」

「特にないな。戻って食事する」

「うわ、そういえばあたしお弁当の事考えてなかった。コンビニ寄ってもいいですか?」

「ベリルが用意してると思うけど。いつもその日の門番の分も作っておくんだ。あいつはにぎやかな方が好きだからな」

蒼羽が鍵をポケットに入れて言う。今日はグレイのカーゴパンツ。その足の長さを見て、自然と自分の足に目を向けてため息が出た。

 

 

駅の前の大通りに出て、どこかから自分の名前が呼ばれた気がして、足を止めて辺りを見回す。

「河野さん!あ、やっぱりそうだ。河野さんでしょ!?」

 左手の横断歩道を渡って、覚えのある顔が近づくのが見えた。

 

 

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