19.

 

「ただいまー」

家に帰って手を洗ってうがいをして、ふと顔を上げて鏡を見たら。左の耳たぶに青い小さな丸い石が見えた。

「うわ、何これ?って蒼羽さんのなんだろうけど。きれーい」

 絶妙な青。鏡に顔を近づけると、透かし彫りのような薄い模様が見えた。

「これはすごい。蒼羽さんてセンスいいなー。うらやましい」

「洗面所で何騒いでるの?変な子ねえ」

鏡の前でピアスに見入っていると、母親が横から出てきた。

「お母さん・・・。変な子って。あ、そうだ、あのね」

「あら。あらあら。素敵。どうしたの、それ?」 

就職した、と言おうとしたら、目ざとく左耳のピアスを指差す。

「えっと、これはピアスを開ける為に、貸してくれて。あたしのじゃないよ」

「まあぁ。いいわねえ。私もピアス開けようかしら?あなた、どこで開けたの?私もそういうのが欲しいわー」

「だからね、これは借り物でー。って、この話は置いといて。あたし明日からしご、」

 仕事に行く、と言おうとして、また言葉を遮られる。

「やあねー。秘密なの?お母さんも連れてってよ」

「いや、だから、秘密とかじゃなくて。ん、いや一部秘密で。あー。だから!人の話を聞いてよう!」

「あら、やあね。大声出して。最近の子はすぐキレるんだから」

「違うってば・・・」

 話の噛み合わない母親にがくりとうなだれてしまう。とりあえず。説明するのは後にしよう、と思った。

 

 

 

 

「おはようございまーす」

今日もきれいな日本晴れ。少し暑くなりそうだ、と思って、紺の半そでTシャツと膝丈のベージュのスカート。その上に七分の白いチャイナブラウスをはおってきていた。

ソファに蒼羽が座ってテレビを見ていて。見覚えのある、ワイドショー混じりのニュース番組。画面の左上に表示された時刻は8時45分。彼は振向いて自分を見る。

「ちょっと待て」

そう言ってテレビに向き直る。ベリルがいない事を確認して、蒼羽の右側のソファに座る。テレビの画面に犬が戯れる映像が流れていて、蒼羽がそれを見ている。ものすごい違和感に襲われて、口を開こうとしたら、天気予報のコーナーに画面が切替わった。これを見ようとしていたんだ、と理解して。何故かほっとした。

 

 

「おや、緋天ちゃん。早いね」

沈黙の中、蒼羽と2人でテレビの画面に目をやっていると。ベリルがカウンター横の扉から出てきて言う。

「ええ?だって9時に来ます、って昨日言いましたよね?」

「え?だってまだ9時じゃないよ?」

 画面の時刻表示を見てベリルが驚いた顔を見せる。

「ええ?普通、仕事場に早めに着くようにしますよね?」

「そうなの?日本人は真面目だからなあ。あー、ひとつ勉強になった」

「いや、なんか日本人とか関係ないですよー、それ。時間の概念が違うのかなあ???」

「じゃあ、緋天ちゃんが真面目なの?」

その切返しに首をひねってしまう。何と答えればいいか、考えあぐねていると、天気予報のコーナーを見終わった蒼羽が声をかける。

「気にするな。ベリルが変なんだ」

「そうなんですか?なんだー、あたし変な事言ってるのかと思った」

「んー?私が変、って。ひどい事言うなあ、蒼羽は」

蒼羽の言葉に少しすっきりして、逆にベリルは顔をしかめて。

「本当の事だ」

「んん。ベリルさん、女の子と待ち合わせした時とかどうですか?早めの時間に行って相手を待つのが普通だと思いますよ?」

「えー?待ち合わせ時間にぴったり着くよ?」

「じゃあ、何かハプニングがあった時は?」

「・・・遅れるねー。そういえば待ち合わせ場所に、女の子が先にいる事ばっかりだなー」

何気ない顔をして言うベリルを見て、苦笑がもれる。

「ベリルさんー。女心を判ってないですよー。いつも相手を待ってると、そのうちに、自分は相手にとってそんなに大事じゃないのかな、とか。都合のいい女なんだ、とか。そういう風に思っちゃいますよ。例え時間に遅れてなくても。相手がベリルさんみたいにカッコ良かったら、なおさら」

はっとした顔をしてベリルが言う。

「あぁぁ、そういえばいつだったか、会ったそうそう、『私はあなたのなんなの?』って言われて、殴られた事が・・・。そうだったんだ・・・。目から鱗が落ちたよ、緋天ちゃん」

「・・・・・・」

 

肩を落として言ったベリルの言葉に、かなり呆然としてしまっていると。、黙り込んだ自分に蒼羽が横から声をかける。

「行くぞ。あいつは放っておけ」

 

「・・・ベリルさんって。・・・女泣かせ」

 

 

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